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ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~マウルブロン修道院の建造物群・僧院の島ライヒェナウ・ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場・ヴィースの巡礼教会・バンベルク市街・レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ・シュパイアー大聖堂・トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂、聖母聖堂~





ドイツ 世界遺産 ドイツ南部 旅

ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅

「ドイツへ行ったことがありますか?」
「いいえ、ありません。」

「おそらく、行ってみたいけど、行ったことはないし、ドイツに何があるのかを理解していない、という方が多いのではないでしょうか。」
「そうですね。」

「若い方で、ドイツを好む人は非常に多いようですね。」
「はい。」

「不況であることもあり、ドイツ旅行への足は途絶えがちかも知れませんね。」
「はい。」

「しかし、この国には、「死ぬ前に絶対に見ておきたい」と思うほどの魅力を放つカルチャーが数多く存在しますよ。」
「そうなんですか。」

「日本ではまず見られないような物や人、料理がたくさんありますよ。」
「そうなんだ。」

「特に、ドイツの場合は「南ドイツ」がおススメですよ。」
「そうなんですか。」

「南ドイツの文化と世界遺産を、おおまかにご紹介します。」
「お願いします。」

「まずこの地域は、北ドイツよりも日本からの観光客が多い地域ですよ。」
「はい。」

「「えっ、北ドイツといえばブレーメンやハンブルク、首都のベルリンがあるようなエリアなのに、南ドイツが人気なの?」と、ビックリされるかも知れませんね。」
「はい。」

「しかし、北ドイツは観光客が訪れるような場所が豊富ではありませんよ。」
「そうなんですか。」

「繁栄している所はかなり繁栄していますが、そのような所以外は田舎町になっていますよ。」
「はい。」

「かなり局地的な傾向が見られるので、どちらかといえば南部が観光しやすいと言えますね。」
「そうなんだ。」

「シンデレラのお城のモデルとなった、ノイシュバンシュタイン城があるのも南部ですね。」
「そうなんですか。」

「シンデレラのお城のモデルとなったノイシュバンシュタイン城と言えば、ノイシュヴァンシュタイン城は、ドイツ南部のバイエルン州バイエルン・シュヴァーベン地方にある城である。オストアルゴイ郡フュッセンの東南東方向(直線距離にて約4km)に位置する。バイエルン王ルートヴィヒ2世によって19世紀に建築された。現在はロマンチック街道の終点として、人気の観光スポットとなっており、内部を見学することができる。所在地はオーストリア国境に近く、近隣には、ルートヴィヒ2世が幼少時代を過ごし、彼の父親が所有していたホーエンシュヴァンガウ城がある。ノイシュヴァンシュタインという名は、現在ホーエンシュヴァンガウ城のある地にかつてあったシュヴァンシュタイン城にちなみ1890年になってから付けられた名であり(「ノイ (Neu)」は「新しい」の意)、建設当時はノイホーエンシュヴァンガウ城と呼ばれていた。」

「シュバルツバルト(黒い森)があるのも、南部ですよ。」
「はい。」

「シュバルツバルト(黒い森)と言えば、シュヴァルツヴァルトは、ドイツ・バーデン=ヴェルテンベルク州に位置する森・山地である。総面積は約5180平方キロメートル。「シュヴァルツヴァルト」とは、ドイツ語で「黒い森」を意味する。森の多くは植林されたドイツトウヒの木であり、「黒い森(シュヴァルツヴァルト)」という名称も、密集して生えるトウヒの木によって、暗く(黒く)見えることがその由来である。その他、低地においてはオークやブナも生育している。」

「南部へ行けば、マウルブロン修道院の建造物群などの宗教的な世界遺産に出逢うこともできますよ。」
「はい。」

「マウルブロン修道院と言えば、マウルブロン修道院は、ドイツのバーデン=ヴェルテンベルク州に残る中世の修道院である。ヨーロッパに残る中世のシトー会修道院の中でも、付属する建造物群も含めた総体が、最もよく保存されている。マウルブロンの町外れにあるが、町とは城壁で隔絶されている。修道院の設立は1147年のことであり、設立に際しては初のシトー会派ローマ教皇であったエウゲニウス3世の後援を受けた。ロマネスク様式からゴシック様式への移行的な様式で建てられた付属教会は、1178年にシュパイアー司教のアルノルトの手で献堂が行われた。」

「何かと世界遺産に恵まれているエリアですよ。」
「そうなんだ。」

「世界遺産や観光スポットを一つでも多く見たいなら、南部エリアへ行くしかありませんね。」
「はい。」

「南部エリアには、「バンベルク市街」、「ヴィース巡礼教会」、「マウルブロン修道院の建造物群」、「ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場」などの世界遺産がありますよ。」
「いろいろありますね。」

「ヴュルツブルク司教館(別名ヴェルツブルクのレジデンツ)と言えば、ヴェルツブルク司教館、別名ヴェルツブルクのレジデンツは、ドイツ中央部ヴェルツブルクにある大司教の宮殿です。1981年に文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録されました。司教館は18世紀に当時の司教ヨハン・フィリップ・フランツの命を受け、著名な建築家バルタザール・ノイマンの設計で建てられました。」

「バンベルク市街と言えば、バンベルク市街は、1993年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたドイツのバイエルン州バンベルク市の旧市街を指す。旧市街が世界遺産に登録された理由は、第二次世界大戦期に実質的に被害を受けることがなく、中世の景観が維持されているドイツでは稀な地域という点にある。」

「中世の歴史に必要不可欠であった文化的スポットを観光したいのであれば、これらの世界遺産を観光しましょう。」
「わかりました。」

「南部を代表する世界遺産である「ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場」は、ロマンチック街道にほど近い位置にある世界遺産ですよ。」
「はい。」

「ロマンチック街道と言えば、ロマンティック街道は、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道ルートである。 ドイツでは、「観光街道」(ドイツ語表記では、Ferienstraβe - 休暇街道。ドイツでは150以上のこうした観光コースが指定されている)として指定されているものの一つ。ここでの街道とは、そのような1本の道があるというのではなく、ほぼ直線状に連なったドイツの観光名所を地図の上でつなげ、続けて観光するのに便利なように案内した順路のようなものである。」

「ヴュルツブルクはフランケン地方にあり、この辺りにはロマンチック街道のスタート地点となっている地域がありますよ。」
「はい。」

「フランケン地方と言えば、フランケン地方は、ドイツ中南部から南ドイツの北部に位置する地方名称である。現在の行政区画に当てはめると、ドイツ連邦共和国のバイエルン州に属する7県のうち、ヴュルツブルクを中心とするウンターフランケン県、行政上はアンスバッハ・文化的にはニュルンベルクを中心とするミッテルフランケン県、バイロイトを中心とするオーバーフランケン県の3県を合わせた、バイエルン州北部一帯の地域にあたる。」

「ヴュルツブルクと言えば、ヴュルツブルクは、ドイツ連邦共和国バイエルン州ウンターフランケン行政管区の郡独立都市で、ウンターフランケン行政管区、ウンターフランケン郡市連合、ヴュルツブルク郡の本部所在地である。このマイン川沿いの都市はバイエルン州の23の上級中心都市の一つであり、人口135,000強の人口はミュンヘン、ニュルンベルク、アウクスブルクに次いで同州で4番目に大きな都市である。」

「中世の面影が残る町並みや、他を圧倒する雰囲気をたたえた大聖堂を観光したいのであれば、ヴュルツブルク・レジデンツ宮殿の辺りがおススメかも知れませんね。」
「わかりました。」

「ヴュルツブルク・レジデンツ宮殿と言えば、ヴュルツブルクのレジデンツは、ドイツのヴュルツブルクにある大司教の宮殿である。バロック建築様式を代表するヨーロッパでも屈指の宮殿であり、バルタザール・ノイマンの設計により、18世紀に建てられた。建物内には、様々な部屋があるが、中でも有名なのは、「階段の間」であり、柱の無い広大な吹き抜けに、画家ティエポロの描いた、世界で一番大きいフレスコ天井一枚画がある。」

「他の世界遺産も、非常に良い雰囲気ですよ。」
「はい。」

「周辺を散歩するだけでも、十分思い出深い観光になる筈ですよ。」
「はい。」

「北部や中部のエリアと南部エリアは、やはり同じ国と言えども文化が大きく異なりますよ。」
「そうなんですか。」

「北部は、ベルリンのあるエリアとは思えないほどサッパリしていますよ。」
「はい。」

「ちょっと郊外へ出ると、何ともない民家が続いていますよ。」
「はい。」

「中部などは、火山の活動の影響から不思議な地形になっていますよ。」
「そうなんだ。」

「何とも不思議な雰囲気が漂っていますよ。」
「はい。」

「ある意味、南部が最もこの国らしい魅力を備えているかも知れませんね。」
「はい。」

「初心者の方には、南ドイツの観光がおススメですよ。」
「わかりました。」

「ヴュルツブルクは南部とは言っても、南か北かで言えば南にあるという位置にあるので、正確に言うと中央部辺りに該当しますね。」
「はい。」

「この辺りは、中心部なので栄えているように思われがちですね。」
「はい。」

「しかし、とりたてて目立つものがそこまでありませんよ。」
「そうなんですか。」

「中途半端なエリアと言えるかも知れませんね。」
「はい。」

「エリアごとに観光できる世界遺産・観光スポットが大きく異なるということは確かですね。」
「はい。」

「自分が最も興味を引かれる場所を選んで、じっくり楽しんでみましょう。」
「わかりました。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~マウルブロン修道院の建造物群~

「南ドイツには、様々な魅力的なスポットが存在しますよ。」
「はい。」

「南ドイツは、ノイシュバンシュタイン城もあれば、ロマンチック街道もある地域ですよ。」
「はい。」

「ロマンチック街道と言えば、ロマンティック街道は、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道ルートである。 ドイツでは、「観光街道」(ドイツ語表記では、Ferienstraβe - 休暇街道。ドイツでは150以上のこうした観光コースが指定されている)として指定されているものの一つ。ここでの街道とは、そのような1本の道があるというのではなく、ほぼ直線状に連なったドイツの観光名所を地図の上でつなげ、続けて観光するのに便利なように案内した順路のようなものである。」

「シンデレラのお城のモデルとなったノイシュバンシュタイン城と言えば、ノイシュヴァンシュタイン城は、ドイツ南部のバイエルン州バイエルン・シュヴァーベン地方にある城である。オストアルゴイ郡フュッセンの東南東方向(直線距離にて約4km)に位置する。バイエルン王ルートヴィヒ2世によって19世紀に建築された。現在はロマンチック街道の終点として、人気の観光スポットとなっており、内部を見学することができる。所在地はオーストリア国境に近く、近隣には、ルートヴィヒ2世が幼少時代を過ごし、彼の父親が所有していたホーエンシュヴァンガウ城がある。ノイシュヴァンシュタインという名は、現在ホーエンシュヴァンガウ城のある地にかつてあったシュヴァンシュタイン城にちなみ1890年になってから付けられた名であり(「ノイ (Neu)」は「新しい」の意)、建設当時はノイホーエンシュヴァンガウ城と呼ばれていた。」

「世界遺産を見逃したとしても、十分に楽しむことができる場所ですよ。」
「そうなんだ。」

「世界遺産を見ることは、感動を与えてくれますよ。」
「はい。」

「南ドイツを訪れた際は、この国特有の文化を凝縮した存在とも言える世界遺産を観光してみましょう。」
「わかりました。」

「南ドイツには、宗教関連の世界遺産がいくつか現存していますよ。」
「はい。」

「中でも、「マウルブロン修道院の建造物群」は、要チェックのスポットですよ。」
「そうなんだ。」

「マウルブロン修道院と言えば、マウルブロン修道院は、ドイツのバーデン=ヴェルテンベルク州に残る中世の修道院である。ヨーロッパに残る中世のシトー会修道院の中でも、付属する建造物群も含めた総体が、最もよく保存されている。マウルブロンの町外れにあるが、町とは城壁で隔絶されている。修道院の設立は1147年のことであり、設立に際しては初のシトー会派ローマ教皇であったエウゲニウス3世の後援を受けた。ロマネスク様式からゴシック様式への移行的な様式で建てられた付属教会は、1178年にシュパイアー司教のアルノルトの手で献堂が行われた。」

「この「マウルブロン修道院」という名前を見て、ピンと来た文学ファンの方もいるでしょう。」
「はい。」

「「マウルブロン修道院の建造物群」は、かの文豪、ヘルマン・ヘッセの作中に何度も登場している場所ですよ。」
「はい。」

「文豪、ヘルマン・ヘッセと言えば、文豪ヘルマン・ヘッセが生まれ育ったカルフは、ナゴルト川に沿った小さな町である。世界各地を旅したヘッセは、晩年のエッセイで、「私の知っているすべての街の中でいちばん美しい」と讃えている。『車輪の下』には100年以上昔のカルフが描かれているが、現在の町の姿も往時とさほど変わらない。美しい木組み家屋が並ぶマルクト広場の突き当たりには、直筆原稿や水彩画、貴重な写真などを展示するヘルマン・ヘッセ博物館がある。」

「このマウルブロン修道院は、期待に押しつぶされて自我を失っていく少年の葛藤を描いた名作、「車輪の下」の中に登場していますよ。」
「そうなんだ。」

「ヘルマン・ヘッセの名作「車輪の下」と言えば、『車輪の下』は、ヘルマン・ヘッセの長編小説である。1905年に発表された。なお、邦訳本によっては『車輪の下に』や『車輪の下で』と題するものもある。周りの人々から期待され、その期待に踏み潰されてしまった少年の姿を描く自伝的小説。日本では、ヘッセの作品の中で最も有名な作品である。題名の「車輪」は、主人公の少年を押しつぶす社会の仕組みを表現している。」

「マウルブロン修道院に併設されている神学校に主人公が通っているという設定ですよ。」
「はい。」

「ヘッセ自身も、この神学校に登校していましたよ。」
「はい。」

「マウルブロン修道院の建造物群は、ヘッセゆかりの場所としても非常に人気のあるスポットですよ。」
「そうなんだ。」

「興味のある方は、是非観光して欲しいと思います。」
「わかりました。」

「マウルブロン修道院の建造物群は、非常に保存状態の良い世界遺産ですよ。」
「はい。」

「他の世界遺産の多くは、戦争の被害を受けていたり、損傷が激しかったりするものですよ。」
「はい。」

「しかし、マウルブロン修道院の建造物群は、何をとっても良好な状態を保っていますよ。」
「そうなんだ。」

「当時の状態に近いものを、そのまま眺めることができますよ。」
「はい。」

「ヘルマン・ヘッセの愛読者はもちろん、キリスト教に関心のある方が訪れると、深い感銘を受ける名物スポットとなっていますよ。」
「そうなんですか。」

「神秘の力に触れたい方は、この世界遺産を訪問しながら聖書を開いてみましょう。」
「わかりました。」

「1147年に創設されたものとは思えないほど、美しい建築になっていますよ。」
「はい。」

「見る者すべてを虜にするような、パワーのある世界遺産ですよ。」
「そうなんですか。」

「世界遺産巡りをしている方は、必見ですよ。」
「はい。」

「この世界遺産を訪れると、当時のドイツの美的感覚を垣間見ることができますよ。」
「はい。」

「宗教美術を学んでいる方にも、おススメですよ。」
「わかりました。」

「もちろん、南ドイツにはロマン溢れるスポットが、他にもたくさんありますよ。」
「はい。」

「世界遺産以外の観光スポットも、要チェックですよ。」
「はい。」

「日本ではあまり知られていない隠れ家的なスポットを探しながら、事前にしっかり情報収集した上で上手に回りましょう。」
「わかりました。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~僧院の島ライヒェナウ~

「ドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州にあるボーデン湖に、一本の細い道のみ本土につながれた孤高の島がありますよ。」
「はい。」

「バーデン=ヴュルテンベルク州にあるボーデン湖と言えば、ボーデン湖はドイツ、オーストリア、スイスの国境に位置する湖である。コンスタンツ湖とも称される。アルプス地方ではレマン湖についで第二の規模で、面積は約536平方キロ。ボーデン湖の湖畔には、コンスタンツ、フリードリヒスハーフェン、リンダウ(以上はドイツ)や、ブレゲンツ(オーストリア)などが位置しており、多くの観光客を集めている。」

「ドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州と言えば、バーデン=ヴュルテンベルク州は、ドイツ連邦共和国の16の連邦州のひとつである。ドイツ南西部に位置し、東はバイエルン州、北はヘッセン州、西はラインラント=プファルツ州およびフランス共和国のアルザス地方、南はスイス連邦に隣接している。16ある連邦州の中で3番目に広い州である。」

「それが、僧院の島ライヒェナウですよ。」
「はい。」

「僧院の島ライヒェナウ(ライヒェナウ島、別名「幸せな島」)と言えば、ドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州にあるボーデン湖。そこに一本の細い道のみ本土につながれた孤高の島があります。それが、僧院の島ライヒェナウです。別名「幸せな島」。島の景観はまるで中世の絵画のように美しく、歴史ある建物と渡り鳥の休息地ともなっている湿原を代表とする自然が見事に調和しています。島内には数々の宗教施設が建てられましたが、その中で現在も大切に保存されている3つの歴史ある教会が最大の見どころです。」

「別名「幸せな島」と呼ばれていますよ。」
「そうなんですか。」

「波乱万丈な島の歴史は、この名にふさわしく人々の幸せに貢献してきたのでしょうか。」
「教えてください。」

「島の景観は、まるで中世の絵画のように美しいですね。」
「はい。」

「歴史ある建物と、渡り鳥の休息地ともなっている湿原を代表する自然が、見事に調和していますよ。」
「そうなんだ。」

「島内には、数々の宗教施設が建てられましたよ。」
「はい。」

「その中で、現在も大切に保存されている3つの歴史ある教会が、最大の見所ですよ。」
「そうなんですか。」

「ベネディクト会ライヒェナウ修道院は、聖ピルミニウスによって8世紀に建立されましたよ。」
「はい。」

「聖ピルミニウスと言えば、ベネディクト会ライヒェナウ修道院は、聖ピルミニウスによって8世紀に建立されました。」

「ベネディクト会と言えば、ベネディクト会は、現代も活動するカトリック教会最古の修道会である。529年にヌルシアのベネディクトゥスがローマ・ナポリ間のモンテ・カッシーノに創建した。その戒律は「服従」「清貧」「童貞(純潔)」であった。ベネディクト会士は黒い修道服を着たことから「黒い修道士」とも呼ばれた。」

「ベネディクト会ライヒェナウ修道院と言えば、ベネディクト会ライヒェナウ修道院は、聖ピルミニウスによって8世紀に建立されました。この修道院を中心にライヒェナウ島は、当時のこの地域のキリスト教普及の中心地として栄えました。島の発展とともに中央ヨーロッパの美術発展の中心地ともなっていた島は現在も数々の優れた美術作品を残しています。」

「この修道院を中心にライヒェナウ島は、当時のこの地域のキリスト教普及の中心地として栄えましたよ。」
「はい。」

「島の発展と共に、中央ヨーロッパの美術発展の中心地ともなっていた島は、現在も数々の優れた美術作品を残していますよ。」
「そうなんだ。」

「中でも有名なのが、9世紀頃建てられたザンクト・ゲオルク聖堂に残る壁画ですね。」
「はい。」

「ザンクト・ゲオルク聖堂と言えば、東西に袖廊(トランセプト)をもつ多塔形式をとり、とくに交差部の正方形がプランの基準となる明確な構成はオットー建築の典型をなし、ドイツ・ロマネスク建築へ受け継がれていく。マクデブルク大聖堂(1028焼失)のように教会堂内部が一連の壁画で飾られることはまれではなかったが、大部分は失われ、オーバーツェルOberzell(ライヘナウ)のザンクト・ゲオルク聖堂(とくにキリスト奇跡を表す大画面)にわずかに遺例が見られるのみである。工芸では、象牙細工は前代ほど重要でなくなり、金工がめざましい発展をとげ(バーゼルの祭壇前飾など)、同時代ヨーロッパで最も高い水準に達した。」

「「キリストの奇跡」と呼ばれるその壁画は、全体が残っていますよ。」
「はい。」

「ザンクト・ゲオルク聖堂の「キリストの奇跡」と呼ばれる壁画と言えば、僧院の島ライヒェナウの発展とともに中央ヨーロッパの美術発展の中心地ともなっていた島は現在も数々の優れた美術作品を残しています。中でも有名なのが、9世紀ごろ建てられたザンクト・ゲオルク聖堂に残る壁画です。「キリストの奇跡」と呼ばれるその壁画は全体が残っており、このような保存状態で1000年以上前の壁画全体が残っていることは大変貴重なことです。その点が評価され2000年にユネスコ世界遺産に登録されました。壁一面に淡い色合いで描かれたフレスコ画は、時がたつにつれますます柔らかく深い味わいを醸し出し大変美しい作品となっています。」

「このような保存状態で、1000年以上前の壁画全体が残っていることは大変貴重ですよ。」
「そうなんだ。」

「その点が評価され、2000年にユネスコ世界遺産に登録されましたよ。」
「はい。」

「壁一面に淡い色合いで描かれたフレスコ画は、時がたつにつれますます柔らかく深い味わいを醸し出し、大変美しい作品となっていますよ。」
「はい。」

「フレスコ画と言えば、アフレスコとも言う。新鮮なという意味のイタリア語で、漆喰を壁に塗り、それの乾かないうちに水性の絵の具で直に絵を描く。石灰の層の中に絵の具が染み込んでいき、漆喰は乾燥が始まると表面に固い透明な被膜ができるために、それが絵の保護層となって非常に堅牢な画面となる。漆喰が濡れているうちに全て描いてしまわなければならないため、あらかじめその時間内に描ける部分の面積を割り出して下地を作らなければならない。」

「一見の価値がありますよ。」
「そうなんですか。」

「町の中心部には、聖マリアマルクス教会がありますよ。」
「はい。」

「聖マリアマルクス教会と言えば、僧院の島ライヒェナウの町の中心部には聖マリアマルクス教会があります。鮮やかな色合いのステンドグラスが美しいですが、他は白壁のシンプルな造りとなっています。ザンクト・ゲオルク大聖堂よりも以前に建てられた部分もあり、島内最古の教会といわれています。」

「鮮やかな色合いのステンドグラスが美しいですよ。」
「そうなんだ。」

「他は、白壁のシンプルな造りとなっていますよ。」
「はい。」

「ザンクト・ゲオルク大聖堂よりも以前に建てられた部分もありますよ。」
「はい。」

「島内最古の教会と言われていますよ。」
「そうなんだ。」

「島の奥には、11世紀から12世紀に建てられた聖ペーター・パウル教会がありますよ。」
「はい。」

「聖ペーター・パウル教会と言えば、僧院の島ライヒェナウの奥には、11世紀から12世紀に建てられた聖ペーター・パウル教会があります。内部には中央天井部分に十字架に張り付けられたイエスキリストの彫刻を見ることができます。あまりにリアルに写実的に彫られているため見ていて痛々しいくらいです。ザンクト・ゲオルク大聖堂内部にあるのと同じようなタッチのフレスコ画も描かれていて、美しいです。」

「内部には、中央天井部分に十字架に張り付けられたイエスキリストの彫刻を見ることができますよ。」
「はい。」

「あまりにリアルに写実的に彫られているため、見ていて痛々しいくらいですよ。」
「そうなんだ。」

「ザンクト・ゲオルク大聖堂内部にあるのと同じようなタッチのフレスコ画も描かれていますよ。」
「はい。」

「美しいですよ。」
「いいですね。」

「どの教会もあまり観光地化されていませんよ。」
「はい。」

「現在でも現役で、人々の信仰の中心を担っていますよ。」
「はい。」

「ドイツの田舎町の小さな島にあふれる自然と、ヨーロッパの宗教の源を知る旅として、僧院の島ライヒェナウを訪れてはいかがでしょうか。」
「わかりました。」

「ドイツの他の教会とは違った何かが、発見できるかも知れませんね。」
「そうなんだ。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場~

「ヴェルツブルク司教館、別名ヴェルツブルクのレジデンツは、ドイツ中央部ヴェルツブルクにある大司教の宮殿ですよ。」
「はい。」

「1981年に、文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「司教館は、18世紀に当時の司教ヨハン・フィリップ・フランツの命を受け、著名な建築家バルタザール・ノイマンの設計で建てられましたよ。」
「はい。」

「著名な建築家バルタザール・ノイマンと言えば、ヨハン・バルタザール・ノイマン(1687年1月30日(推測)ヘプ(チェコ)- 1753年8月19日 (?)ヴュルツブルク)はバロックおよびロココの建築家である。通常はバルタザール・ノイマンと呼ばれる。ノイマンは1711年にヴュルツブルクの砲兵部隊に所属したが、司教ヨハン・フィリップ・フランツ・フォン・シェーンボルンの援助でイタリア、フランケン地方さらにはオランダで建築の腕を振るうこととなった。」

「当時の司教ヨハン・フィリップ・フランツと言えば、ヴェルツブルク司教館は18世紀に当時の司教ヨハン・フィリップ・フランツの命を受け、著名な建築家バルタザール・ノイマンの設計で建てられました。ヨーロッパを代表するバロック様式の宮殿は、内部にさまざまな部屋があり、その一つ一つが美しく個性的に装飾されているところが特徴です。」

「ヨーロッパを代表するバロック様式の宮殿は、内部にさまざまな部屋がありますよ。」
「はい。」

「(ヨーロッパを代表する)バロック様式(の宮殿)と言えば、ヴュルツブルクのレジデンツは、ドイツのヴュルツブルクにある大司教の宮殿。バロック建築様式を代表するヨーロッパでも屈指の宮殿であり、バルタザール・ノイマンの設計により、18世紀に建てられた。」

「その一つ一つが、美しく個性的に装飾されているところが特徴ですよ。」
「そうなんだ。」

「特に圧巻なのは、1~2階に吹き抜け状に広がる階段の間ですよ。」
「そうなんですか。」

「柱のないその設計は当時は大変珍しく、崩れるのではないかと心配されるほどでしたよ。」
「はい。」

「結果的に第2次世界大戦の戦火も免れるほど頑丈なその造りは、ノイマンの才能を顕著に表わしていると言われていますよ。」
「はい。」

「階段の間自体も、白い壁に彫られた彫刻が美しいですよ。」
「そうなんだ。」

「天井いっぱいに描かれた画家ティエポロのフラスコ画は、見る人が息をのむほど美しいですよ。」
「はい。」

「画家ティエポロと言えば、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696年3月5日 - 1770年3月27日)は、ルネサンス最後期のイタリアの画家である。本名はジャンバッティスタ・ティエポロ。彼は18世紀のイタリアを代表する偉大な画家であり、ルネサンス期の美術絵画の伝統を締めくくる最後の巨匠である。」

「現在、世界最大の一枚画で、その面積は600平方メートルにもなるそうですよ。」
「大きいですね。」

「繊細な色使いと人物の写実的な描写は、美術に興味がなくても十分に楽しめますよ。」
「はい。」

「皇帝の間も、ヴェルツブルク司教館を代表する部屋の一つとして挙げられますよ。」
「はい。」

「淡いピンクの大理石の柱と水色の天井画のコントラストが、壁と天井の金の縁取りに映えて美しく調和していますよ。」
「そうなんだ。」

「豪華なシャンデリアがさらにインテリアの美しさを際立たせ、まるでおとぎ話のお城の中に迷い込んでしまったようですよ。」
「そうなんですか。」

「他にも、まばゆいばかりの金色が鏡に反射して美しい鏡の間など、実にさまざまな部屋がありますよ。」
「はい。」

「名高い他のヨーロッパの宮殿に負けないくらいの豪華絢爛の世界を覗くことができますよ。」
「そうなんですか。」

「レジデンツの庭園は、それほど広くはありませんよ。」
「はい。」

「きれいに手入れされており、ローマ神話の彫刻などを見ることができますよ。」
「はい。」

「ローマ神話と言えば、ローマ神話とは、古代ローマで伝えられた神話である。ローマ人は、紀元前6世紀から ギリシアの影響を受けて、ローマ古来の神々をギリシア神話の神々と同一視する、いわゆる「ギリシア語への翻訳」が行われた。」

「特に有名なのは、「プロセルピーナの誘拐」ですね。」
「そうなんだ。」

「プロセルピーナの誘拐と言えば、ヴェルツブルク司教館、別名ヴェルツブルクのレジデンツの庭園はそれほど広くはありませんが、きれいに手入れされており、ローマ神話の彫刻などを見ることができます。特に有名なのは、「プロセルピーナの誘拐」です。ローマ神話の黄泉の王プルートがプロセルピーナを掠奪するところを表現していると言われています。」

「ローマ神話の黄泉の王プルートが、プロセルピーナを掠奪するところを表現していると言われていますよ。」
「はい。」

「プロセルピーナと言えば、ヴェルツブルク司教館、別名ヴェルツブルクのレジデンツの庭園はそれほど広くはありませんが、きれいに手入れされており、ローマ神話の彫刻などを見ることができます。特に有名なのは、「プロセルピーナの誘拐」です。ローマ神話の黄泉の王プルートがプロセルピーナを掠奪するところを表現していると言われています。」

「ローマ神話の黄泉の王プルートと言えば、ヴェルツブルク司教館、別名ヴェルツブルクのレジデンツの庭園はそれほど広くはありませんが、きれいに手入れされており、ローマ神話の彫刻などを見ることができます。特に有名なのは、「プロセルピーナの誘拐」です。ローマ神話の黄泉の王プルートがプロセルピーナを掠奪するところを表現していると言われています。」

「ローマ神話と言えば、古代ローマで伝えられた神話である。ローマ人は、紀元前6世紀から ギリシアの影響を受けて、ローマ古来の神々をギリシア神話の神々と同一視する、いわゆる「ギリシア語への翻訳」が行われた。」

「司教館の前の広場には、フランコニアの泉がありますよ。」
「はい。」

「フランコニアの泉と言えば、ヴェルツブルク司教館の前の広場には、フランコニアの泉があります。足元にはヴュルツブルクで生涯を終え、現在もその遺体がヴェルツブルクに眠ると言われている中世の詩人ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデや、彫刻家で晩年ヴェルツブルクに住居を構えていたティールマン・リーメンシュナイダー、ヴェルツブルク出身といわれる画家のグリューネヴァルトの像があります。」

「足元にはヴュルツブルクで生涯を終え、現在もその遺体がヴェルツブルクに眠ると言われている中世の詩人ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデの像がありますよ。」
「そうなんだ。」

「中世の詩人ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデと言えば、ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ(1170年頃 - 1230年頃)は、中高ドイツ語叙情詩の詩人である。貴族ではない自由耕作者とは比べものにならない富と地位を持つ勤務貴族、あるいは大領主のつつましやかな随員であったのかも知れない。」

「ヴュルツブルクと言えば、ヴュルツブルクは、ドイツ連邦共和国バイエルン州ウンターフランケン行政管区の郡独立都市で、ウンターフランケン行政管区、ウンターフランケン郡市連合、ヴュルツブルク郡の本部所在地である。このマイン川沿いの都市はバイエルン州の23の上級中心都市の一つであり、人口135,000強の人口はミュンヘン、ニュルンベルク、アウクスブルクに次いで同州で4番目に大きな都市である。」

「彫刻家で晩年ヴェルツブルクに住居を構えていたティールマン・リーメンシュナイダー、ヴェルツブルク出身といわれる画家のグリューネヴァルトの像がありますよ。」
「はい。」

「画家グリューネヴァルトと言えば、マティアス・グリューネヴァルト(1470/1475年頃 - 1528年8月31日)は16世紀に活動したドイツの画家である。ドイツ絵画史上最も重要な作品の1つである『イーゼンハイム祭壇画』の作者である。ドイツ・ルネサンスの巨匠ヂューラーと同世代であるが、グリューネヴァルトの様式は「ルネサンス」とはかなり遠く、系譜的には「ルネサンス」というよりは末期ゴシックの画家と位置付けるべきであろう。」

「彫刻家ティールマン・リーメンシュナイダーと言えば、ティルマン・リーメンシュナイダー(1460年頃 - 1531年)は、中世のドイツの彫刻家である。彫刻のマイスターとしてヴュルツブルクに工房をかまえ、祭壇や墓碑の彫刻を数多く手がける一方、1504年に市議会議員に選出されたのを皮切りに、1520年から1521年までに市長も務めた。」

「司教館の内部が撮影禁止なのが残念ですね。」
「そうですね。」

「司教館だけでなく、庭園群や広場にも見所がたくさんありますよ。」
「そうなんですか。」

「訪れる価値は、十分にあると思いますよ。」
「わかりました。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~ヴィースの巡礼教会~

「キリストが磔にされた時の傷と同じ、両手両足の中心から釘を打たれたように出血をするスティグマータ=聖痕と言われる現象は、現在まで伝わるキリストの奇跡現象の一つですね。」
「そうなんだ。」

「他にも、いつまでも腐らない死体や血の涙を流すマリア像など、世界各地でキリストにまつわる超常現象が報告されていますよ。」
「はい。」

「その中でも、興味深い現象がドイツバイエルン州の南にあるヴィースという場所に伝わっていますよ。」
「はい。」

「ドイツバイエルン州の南にあるヴィースという場所と言えば、キリストの奇跡現象、その中でも興味深い現象がドイツバイエルン州の南にあるヴィースという場所に伝わっています。今からおよそ300年前、ある農家の婦人がシュタインガーデン修道院の修道士が作った木彫りの「鞭打たれるキリスト像」を譲り受けました。その像はあまりにも痛々しい姿だったため、長く人々の目に晒されていませんでした。長い封印を解き、婦人が自宅で祈りを捧げたところ、キリスト像が涙を流したと言われています。その噂は「ヴィースの涙の奇跡」として広まり、たくさんのキリスト教徒がヴィースの地に巡礼に訪れるようになりました。それからおよそ10年後に、ヴィースの地に祈りの場所としてヴィースの巡礼教会が建てられました。」

「ドイツバイエルン州と言えば、バイエルン自由州は、ドイツ連邦共和国の連邦州のひとつで、同国南部に位置する。州都はミュンヘン。ドイツ最大の州であり、スイスおよびオーストリアとの国境に位置する。南部は山岳地帯となっており、夏は避暑、冬はスキーと多くの観光客が訪れる。」

「今からおよそ300年前、ある農家の婦人がシュタインガーデン修道院の修道士が作った木彫りの「鞭打たれるキリスト像」を譲り受けましたよ。」
「そうなんだ。」

「「鞭打たれるキリスト像」と言えば、1732年、ヴィース教会に近いシュタインガーデンの修道院に「鞭打たれるキリスト」の像がもたらされました。しかし、このキリスト像は血を流す姿があまりにリアルで悲惨だったため、嫌われて飾られることなく修道院の屋根裏に8年も放置されたままになってしまいました。それを見つけたマリア・ロリーという名の農婦が哀れに思ってこの像を譲り受け、熱心に祈りを捧げ続けました。すると、数ヵ月後の1738年6月14日、なんとキリストの像が涙を流し始めたのでした。」

「シュタインガーデン修道院と言えば、1738年ある農家の夫人が、シュタインガーデン修道院の修道士が彫った、「 鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受けたところ、像が涙を流したという。」

「その像は、あまりにも痛々しい姿でしたよ。」
「そうなんですか。」

「そのため、長く人々の目に晒されていませんでしたよ。」
「はい。」

「長い封印を解き、婦人が自宅で祈りを捧げたところ、キリスト像が涙を流したと言われていますよ。」
「はい。」

「その噂は、「ヴィースの涙の奇跡」として広まりましたよ。」
「そうなんだ。」

「たくさんのキリスト教徒が、ヴィースの地に巡礼に訪れるようになりましたよ。」
「はい。」

「それからおよそ10年後に、ヴィースの地に祈りの場所としてヴィースの巡礼教会が建てられましたよ。」
「はい。」

「ヴィースの巡礼教会と言えば、ヴィースの巡礼教会はドイツバイエルン州南部、ヴィース(行政上はシュタインガーテン)にあるキリスト教教会である。1745年から1754年にかけてヨハン・バプティストとドミニクス・ツィンマーマンによって建てられた。内装のロココ装飾によって著名である。シュタインガーテンはフュッセンの近郊に位置する自治体。」

「ドイツロココ様式で有名なドミニクス・ツィンマーマンが、特別な情熱をもって設計しましたよ。」
「そうなんだ。」

「ドミニクス・ツィンマーマンと言えば、ドミニクス・ツィンマーマンは、ドイツの 建築家である。ヴィース教会の設計はドイツ宗教建築の第一人者ドミニクス・ツィンマーマンに依頼されましたが、天井画などは彼の兄ヨハン・バプティスが担当。1746年に建築が開始され、ツインマーマン兄弟が情熱を傾けた教会は54年には「献堂式」が行なわれ、その3年後に内部工事などすべての工事が終了しました。」

「ドイツロココ様式と言えば、ヴィース教会の内部は、外観からは想像もつかない華やかな装飾に満ちていて、18世紀ドイツ・ロココ建築の最高傑作とされています。ロココ様式はフランスで生まれたものですが、ドイツのロココはそれに後期バロック様式の要素も加わった独特のものでした。バロックのような威圧感はなく、華やかさの中に抑制のきいたドイツ・ロココは、宗教建築でも盛んに用いられました。」

「始まりは農家の祈りの場ということもあり、牧場の中にひっそりと建つ質素な造りの外観ですよ。」
「はい。」

「しかし、ロココ様式の内装は非常に美しく、ドイツロマンチック街道屈指の観光スポットとなっていますよ。」
「はい。」

「ロマンチック街道と言えば、ロマンティック街道は、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道ルートである。 ドイツでは、「観光街道」(ドイツ語表記では、Ferienstraβe - 休暇街道。ドイツでは150以上のこうした観光コースが指定されている)として指定されているものの一つ。ここでの街道とは、そのような1本の道があるというのではなく、ほぼ直線状に連なったドイツの観光名所を地図の上でつなげ、続けて観光するのに便利なように案内した順路のようなものである。」

「内装と外装のギャップもさることながら、アルプス山脈を背に、広大な緑の自然の中に立つ真っ白な壁と赤い屋根が素朴なかわいらしさを醸し出し、それだけでも絵になる景色と言えますよ。」
「そうなんだ。」

「アルプス山脈と言えば、アルプス山脈は、アルプス・ヒマラヤ造山帯に属し、ヨーロッパ中央部を東西に横切る「山脈」である。オーストリア、スロベニアを東端とし、イタリア、ドイツ、リヒテンシュタイン、スイス各国にまたがり、フランスを南西端とする多国にまたがっているため、大きくは東・西アルプス山脈に分けられる。東アルプス山脈はジュリアアルプス山脈など、西アルプス山脈はペンニネアルプス山脈などの支脈にさらに細かく分かれている。最高峰のモンブランは標高4,810.9m(2007年)で、フランスとイタリアの国境をなし、ヨーロッパの最高峰でもある。」

「特に美しいのは、「天から降ってきた宝石」と称されるほど美しい天井画ですよ。」
「そうなんですか。」

「これは、当時の宮廷画家のヨハン・バプティストの作品であると言われていますよ。」
「はい。」

「宮廷画家のヨハン・バプティストと言えば、ヴィースの巡礼教会で特に美しいのは、「天から降ってきた宝石」と称されるほど美しい天井画で、これは当時の宮廷画家のヨハン・バプティストの作品であると言われています。鮮やかな色彩のコントラストが、白と金の縁取りに映え目を見張るような美しさです。天井画へと続くパイプオルガンもとても華やかに装飾され見ているものを楽しませてくれます。」

「鮮やかな色彩のコントラストが、白と金の縁取りに映え、目を見張るような美しさですよ。」
「はい。」

「天井画へと続くパイプオルガンも、とても華やかに装飾され、見ているものを楽しませてくれますよ。」
「そうなんだ。」

「伝説にある涙を流した「鞭打たれるキリスト像」は、主祭壇に飾られていますよ。」
「はい。」

「像は、キリストが流した血を表す赤い柱とキリストの奇跡の力を表す青い柱に囲まれ、献身を表すペリカンと自己犠牲の象徴である羊の像に見守られながら、今も奇跡を願うたくさんの巡礼者の心の源となっていますよ。」
「はい。」

「ザンクト・ゲオルク聖堂の「キリストの奇跡」と呼ばれる壁画と言えば、僧院の島ライヒェナウの発展とともに中央ヨーロッパの美術発展の中心地ともなっていた島は現在も数々の優れた美術作品を残しています。中でも有名なのが、9世紀ごろ建てられたザンクト・ゲオルク聖堂に残る壁画です。「キリストの奇跡」と呼ばれるその壁画は全体が残っており、このような保存状態で1000年以上前の壁画全体が残っていることは大変貴重なことです。その点が評価され2000年にユネスコ世界遺産に登録されました。壁一面に淡い色合いで描かれたフレスコ画は、時がたつにつれますます柔らかく深い味わいを醸し出し大変美しい作品となっています。」

「ヴィースという言葉は、ドイツ語で草原という意味を持っていますよ。」
「そうなんですか。」

「その名の通り、なみなみと広がる草原の中、規模が大きいわけでもなく、質素で素朴な教会ですよ。」
「はい。」

「人々に愛され、今では多くの人々が訪れる、ヨーロッパでも屈指の巡礼スポットとなっていますよ。」
「そうなんだ。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~バンベルク市街~

「イタリアのヴェネチアと言えば、美しい水の都として有名ですね。」
「そうですね。」

「ドイツにも「ドイツのヴェネチア」と呼ばれる美しい水の都があるのを知っていますか。」
「いいえ、知りません。」

「ドイツ南部のバイエルン州にある、バンベルク市街という小さな町ですよ。」
「はい。」

「バンベルク市街と言えば、バンベルク市街は、1993年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたドイツのバイエルン州バンベルク市の旧市街を指す。旧市街が世界遺産に登録された理由は、第二次世界大戦期に実質的に被害を受けることがなく、中世の景観が維持されているドイツでは稀な地域という点にある。」

「ここは、今からおよそ1000年前、当時の神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ二世が、ドイツ南部のキリスト教普及の中心地として、この町に司教座を置きましたよ。」
「はい。」

「司教座と言えば、厳密な意味では司教の座る椅子を指す。この椅子は通常教会堂の東端に位置する後陣の中央、主祭壇のうしろに置かれるが、中世では主祭壇の前の内陣に設けられることも少なくなかった。この場所は司教高座と呼ばれる。これは司教によって祝祭の祭式中および説教に際して使用される。この意味から転じて、司教の権威およびその権威ある教えをも指す。特にこの椅子から行われる説教や宣言は〈エクス・カテドラ〉(司教座宣言、今日皇の場合は聖座宣言)といわれ、公式で正統な教えとされ、それがローマ教皇によってなされた場合には、忌避しえない、不可謬なものと見なされた。」

「神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ二世と言えば、ハインリヒ2世(973年5月6日- 1024年7月13日)はドイツ王(在位:1002年 - 1024年)、神聖ローマ皇帝(在位:1014年 - 1024年)。ザクセン朝第5代の王である。バイエルン大公(在位:995年 - 1004年、1009年 - 1017年)。ザクセン朝初代の王ハインリヒ1世の曾孫。父はバイエルン大公ハインリヒ2世、母はブルグント王コンラートの娘ギーゼラ。皇后はルクセンブルク伯ジークフリート1世の娘聖クニグンデ。カトリック教会の聖人で、記念日は7月13日。」

「その後、第2次世界大戦の戦火を免れた歴史ある建造物の数々が評価され、1993年に文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「バンベルクには、数々の見所がありますよ。」
「そうなんですか。」

「大きな特徴は、マインツ川の支流であるレグニッツ川が町のほぼ中央に流れていますよ。」
「はい。」

「レグニッツ川と言えば、レグニッツ川は、ドイツバイエルン州を流れる全長58kmの川で、マイン川左岸の支流である。名前は、西部スラブ語で「川」を意味するRekavicaに由来する。この川はフェルトでペグニッツ川とレドニッツ川が合流して生まれる。」

「川沿いに立ち並ぶ古い町並みや所々にあるアーチ状の橋が、水の都ヴェネチアを彷彿とさせますよ。」
「はい。」

「見所の一つである旧市庁舎は、川の中州に建てられていますよ。」
「そうなんだ。」

「両岸へは、アーチ状の橋でつながれていますよ。」
「はい。」

「これは、居住区と聖堂が立つ地区の境界線になっていると言われていますよ。」
「はい。」

「市庁舎が、中立の立場にあることを表しているためとも言われていますよ。」
「そうなんだ。」

「市庁舎の外壁にはフレスコ画が描かれており、川から見るその眺めは何とも趣の深いものがありますよ。」
「はい。」

「フレスコ画と言えば、アフレスコとも言う。新鮮なという意味のイタリア語で、漆喰を壁に塗り、それの乾かないうちに水性の絵の具で直に絵を描く。石灰の層の中に絵の具が染み込んでいき、漆喰は乾燥が始まると表面に固い透明な被膜ができるために、それが絵の保護層となって非常に堅牢な画面となる。漆喰が濡れているうちに全て描いてしまわなければならないため、あらかじめその時間内に描ける部分の面積を割り出して下地を作らなければならない。」

「バンベルク市街の一番の見所は、何といっても大聖堂だと言えますよ。」
「そうなんですか。」

「この大聖堂は、ドイツを代表する後期ロマネスク様式で建てられていますよ。」
「はい。」

「丘の上の4つの尖塔が、特徴的な建物ですよ。」
「はい。」

「数々の貴重な美術品があることで知られ、今日ではたくさんの人々が訪れますよ。」
「そうなんだ。」

「代表的なのは、バンベルクの騎士の像ですよ。」
「はい。」

「バンベルクの騎士の像と言えば、バンベルク大聖堂で何と言っても有名なのは理想の騎士像を描いたとされる「バンベルクの騎士」像である。ドイツ中世美術の傑作の一つです。」

「繊細な線で写実的に彫られた馬の上にまたがる凛々しい騎士の像は、理想の騎士像を描いたとされていますよ。」
「はい。」

「ドイツ中世美術を代表する作品の一つですよ。」
「そうなんですか。」

「この大聖堂を建てた皇帝ハインリヒ2世と、その妻クニグンデ皇后の大理石の墓も見事な装飾のレリーフで有名ですよ。」
「はい。」

「皇帝ハインリヒ2世の妻クニグンデ皇后と言えば、バンベルク大聖堂を建てた皇帝ハインリヒ2世とその妻クニグンデ皇后の大理石の墓も見事な装飾のレリーフで有名です。墓の蓋には、ハインリヒ2世と妻クニグンデの自画像が彫られています。この墓は、ドイツで彫刻マイスターとして知られるティルマン・リーメンシュナイダーによって10数年かけて造られた大作といわれています。」

「墓の蓋には、ハインリヒ2世と妻クニグンデの自画像が彫られていますよ。」
「はい。」

「この墓は、ドイツで彫刻マイスターとして知られるティルマン・リーメンシュナイダーによって、10数年かけて造られた大作と言われていますよ。」
「そうなんだ。」

「彫刻マイスターとして知られるティルマン・リーメンシュナイダーと言えば、ティルマン・リーメンシュナイダー(1460年~1531年)は、宗教改革の嵐の時代を生きた、ドイツを代表する芸術家の一人です。ドイツで彫刻マイスターとして知られている。」

「現在、市立歴史博物館として使われている旧宮殿も見所の一つですよ。」
「はい。」

「クラシカルな雰囲気の木造回廊は、趣があり素敵ですよ。」
「はい。」

「バンベルクには、たくさんの聖堂がありますよ。」
「そうなんですか。」

「聖ミヒャエル教会の聖ミヒャエル像も、細部まで彫られていて見事ですよ。」
「はい。」

「聖ミヒャエル教会の聖ミヒャエル像と言えば、悪魔を踏みつける大天使ミカエルの像に迎えられ聖ミヒャエル教会の門をくぐる。( ミカエルはドイツ語でミヒャエル、フランス語でミッシェルだ。フランスのモン・サン・ミッシェルの塔にも大天使ミカエルの像がある。)」

「聖ミヒャエル教会と言えば、「ミッヒェル」の愛称でハンブルク市民に最も親しまれている聖ミヒャエル教会。聖ミヒャエル教会は北ドイツで最も美しいバロック建築といわれる。その華麗な佇まいは,ゴシック様式を主とした他の4つの中央教会とは全く別の趣き。教会内部は,白や金を基調とした豪華な装飾が施されている。」

「レグニッツ川沿いに広がる小ベニスと呼ばれる漁師街も、水面に映る趣ある街並みがとても美しいですよ。」
「はい。」

「レグニッツ川と言えば、レグニッツ川は、ドイツバイエルン州を流れる全長58kmの川で、マイン川左岸の支流である。名前は、西部スラブ語で「川」を意味するRekavicaに由来する。この川はフェルトでペグニッツ川とレドニッツ川が合流して生まれる。」

「船上で街並みを眺めるだけでも、心が落ち着く気がしますよ。」
「わかりました。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ~

「レーゲンスブルクは、ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンから北に1時間ほど行った所にある都市ですよ。」
「はい。」

「ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンと言えば、ミュンヘンはドイツの連邦州であるバイエルン州最大の都市で州都である。イーザル川河畔にあり、バイエルンアルプスの北側に位置する。ベルリン、ハンブルクに次いでドイツでは3番目に大きな都市で、市域人口は140万人近くに達する。ミュンヘンでは1972年にミュンヘンオリンピックが開催された。」

「レーゲンスブルクと言えば、レーゲンスブルクは、ユネスコの世界遺産に登録されているドイツ連邦共和国の都市である。バイエルン州に位置する。人口は約12万人(2002年)。バイエルン州東部、オーバープファルツの中心都市であり、ドナウ川とレーゲン川の合流近くに位置する。そのため、水上運輸の要所としての役割を果たしている。」

「ここは「眠りの森の美女」に例えられる、繁栄と衰退を繰り返した歴史ある市街地ですよ。」
「そうなんですか。」

「「眠りの森の美女」と言えば、『眠れる森の美女』は、ヨーロッパの古い民話・童話である。AT分類では、410に分類されている。ペロー童話集にも取り上げられ、グリム童話集では、『茨姫』(いばらひめ)として類話が取り上げられている(KHM 50)。また、ジャンバティスタ・バジーレの『ペンタメローネ』所収の「太陽と月のターリア」も類話として知られている。『眠りの森の美女』『眠り姫』の訳題もある。"Sleeping Beauty" (スリーピング・ビューティー)の英語題で呼ばれることもあり、同タイトルの小説も発行されている。」

「遡れば、この町に初めて城塞が築かれたのは、2世紀、古代ローマ帝国時代ですよ。」
「はい。」

「その後、6世紀にはバイエルン州最初の首都になりますよ。」
「はい。」

「12世紀には、ドナウ川の南岸に位置しているという立地条件から、塩の交易で大きく栄えましたよ。」
「そうなんだ。」

「ドナウ川と言えば、ヴォルガ川に次いでヨーロッパで2番目に長い大河である。ドイツ南部バーデン=ヴェルテンベルク州の森林地帯「シュヴァルツヴァルト(黒い森)」に端を発し、概ね東から南東方向に流れ、東欧各国を含む10ヶ国を通って黒海に注ぐ重要な国際河川である。河口にはドナウ・デルタが広がる。全長は2,850 km。」

「しかし、その後徐々に衰退してしまいますよ。」
「はい。」

「17世紀には、神聖ローマ帝国の帝国議会が開かれる場所となりますよ。」
「はい。」

「19世紀には神聖ローマ帝国は解体され、レーゲンスブルクも一都市として落ち着きますよ。」
「はい。」

「十字軍が渡ったと言われる、ドイツ最古の石橋があることでも知られている歴史的に重要な場所ですよ。」
「そうなんだ。」

「十字軍と言えば、中世に西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のことである。一般には、上記のキリスト教による対イスラーム遠征軍を指すが、キリスト教の異端に対する遠征軍(アルビジョア十字軍)などにも十字軍の名称は使われている。」

「第2次世界大戦で、奇跡的に旧市街地は戦火を免れましたよ。」
「はい。」

「保存状態の良い中世都市として、2006年にユネスコ世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「その街並みは美しいですよ。」
「はい。」

「あの有名な詩人ゲーテが、旅行中偶然立ち寄ったレーゲンスブルクの街並みを『何と結構な美景の地にあろうか。この地に町が築かれたのは至極当然のことである。』と、旅行記に書き残したほどだと言われていますよ。」
「そうなんですか。」

「有名な詩人ゲーテと言えば、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年8月28日 - 1832年3月22日)はドイツの詩人、劇作家、小説家、自然科学者、政治家、法律家である。ドイツを代表する文豪であり、小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残した。」

「水面に揺れる旧市街の街並みに沈んでいく夕日を眺めるのは、それだけで溜息が出るくらい美しいですよ。」
「はい。」

「レーゲンスブルクの最大の見所は、「レーゲンスブルク大聖堂」ですよ。」
「はい。」

「「レーゲンスブルク大聖堂」と言えば、ドイツ南東部、バイエルン州の都市、レーゲンスブルクの旧市街にあるゴシック様式の大聖堂である。1275年に着工。1869年に尖塔も含めて全てが完成。中世の面影を色濃く残す他の歴史的建造物とともに、2006年に「レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。「大聖堂のすずめ達」と称される少年合唱団が有名。」

「バイエルン州を代表するゴシック建築の建物ですよ。」
「そうなんだ。」

「尖塔部分を合わせると、建築におよそ600年の月日がかかったとも言われていますよ。」
「長くかかっているんですね。」

「中には、歴史的に名高い芸術家の傑作も残されていますよ。」
「はい。」

「中央祭壇の14世紀のステンドグラスが、色彩豊かでとても美しいですよ。」
「はい。」

「この大聖堂の聖歌隊であるレーゲンスブルク少年合唱団の歌声も、大聖堂の雀たちと言われるほど素晴らしいですよ。」
「そうなんだ。」

「レーゲンスブルク大聖堂の聖歌隊であるレーゲンスブルク少年合唱団と言えば、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊 (直訳では “大聖堂の雀たち” ) は、世界最古の少年合唱団に数えられています。彼らは、公式に任命された「ユニセフ大使」であると同時に「ヨーロッパ文化親善大使」でもあります。」

「日曜日のミサに出られるチャンスがあれば、是非聞いてほしいですね。」
「わかりました。」

「ドイツで現存している最古の石橋、シュタイナーネ橋も有名ですね。」
「はい。」

「ドイツで現存している最古の石橋、シュタイナーネ橋と言えば、ドイツ南部、バイエルン州の州都ミュンヘンから北に1時間ほど行ったところにある都市、レーゲンスブルクは、繁栄と衰退を繰り返した歴史ある市街地です。ドイツで現存している最古の石橋シュタイナーネ橋も有名です。これは1140年頃に建設され、赤髭王フリードリヒ・バルバロッサ1世が第3次十字軍を率いて、この橋を渡りエルサレムへ向かったと言われています。」

「これは1140年頃に建設され、赤髭王フリードリヒ・バルバロッサ1世が第3次十字軍を率いて、この橋を渡りエルサレムへ向かったと言われていますよ。」
「はい。」

「第3次十字軍と言えば、第3回十字軍(1189年 - 1192年)は、アイユーブ朝の始祖であり「イスラムの擁護者」と目されたサラーフッディーン(サラディン)により征服された聖地エルサレムを、ヨーロッパのキリスト教諸国が奪還するために開始された。」

「赤髭王フリードリヒ・バルバロッサ1世と言えば、フリードリヒ1世(1122年- 1190年6月10日)は、ホーエンシュタウフェン朝の神聖ローマ皇帝(在位:1152年 - 1190年、皇帝戴冠:1155年)である。父はシュヴァーベン大公フリードリヒ2世(独眼公)、母はバイエルン公ハインリヒ9世の娘ユーディト。歴代神聖ローマ皇帝の中においては有能で、後世では英雄とまで呼ばれた。また、赤みを帯びたブロンドの髭を持っていたことから、赤髭王(バルバロッサ、Barbarossa)と呼ばれた。」

「帝国議会が置かれていた旧市庁舎は、14世紀に建てられた部分が残っていますよ。」
「そうなんだ。」

「聖エメラム教会の内装も素晴らしいですよ。」
「はい。」

「聖エメラム教会と言えば、トゥルン・ウント・タクシス家の入り口の前に大きな教会、聖エメラム教会があります。聖エメラムは7世紀頃にバベリア人にキリスト教を布教した聖人だそうです。そして聖エメラム教会はベネディクト派修道院の付属教会らしいです。教会は8世紀にバジリカ形式の教会が建てられ、11世紀中頃にロマネスク様式に拡張。教会は何度か火災にあった後、1731~33年に設計士プルンナーとアザム兄弟(Cosmas Damian AsamとEgid Quirin Asam)によってゴシック化。今の鮮やかな装飾はこの時のものだそうです。」

「淡いパステルカラーの天井のフレスコ画は、見る人の目を楽しませてくれますよ。」
「はい。」

「フレスコ画と言えば、アフレスコとも言う。新鮮なという意味のイタリア語で、漆喰を壁に塗り、それの乾かないうちに水性の絵の具で直に絵を描く。石灰の層の中に絵の具が染み込んでいき、漆喰は乾燥が始まると表面に固い透明な被膜ができるために、それが絵の保護層となって非常に堅牢な画面となる。漆喰が濡れているうちに全て描いてしまわなければならないため、あらかじめその時間内に描ける部分の面積を割り出して下地を作らなければならない。」

「その他、古くは旧ローマ帝国時代の城壁の跡が残っていますよ。」
「そうなんだ。」

「ここレーゲンスブルクには、時代は違ってもさまざまな歴史的に重要な建築物を見ることができますよ。」
「はい。」

「対岸のシュタットアムホーフにある旧聖カタリナ慈善病院も、歴史ある病院ですよ。」
「そうなんですか。」

「旧聖カタリナ慈善病院と言えば、ドナウ川の中洲には慈善病院が作られ、病人だけでなく貧しい人を救済しました。現在その慈善病院は、聖カタリーナ養老院として存続しています。」

「シュタットアムホーフと言えば、レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフは、2006年の第30回世界遺産委員会で登録されたドイツの世界遺産である。古代ローマ時代にカストラ・レギーナ(Castra Regina,レーゲン川沿いの要塞)として成立したレーゲンスブルクは、ドナウ川とレーゲン川の合流点に位置する交通の要衝として、特に中世には一大交易地として栄えた。世界遺産では、当時の姿を伝えるドナウ南岸の旧市街と、対岸のシュタットアムホーフにある旧聖カタリナ慈善病院が登録された。」

「中世には病人だけでなく、貧しい人も救済したことで知られていますよ。」
「そうなんだ。」

「現在も養老院として、人々を救済し続けているこの建物も、同時期に世界遺産として登録されましたよ。」
「わかりました。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~シュパイアー大聖堂~

「ドイツ南西部にあり、ライン川沿いにたたずむ都市シュパイヤーは、中世に交易都市として発展しましたよ。」
「はい。」

「都市シュパイヤーと言えば、シュパイアーは、ドイツ中南部のフランケン地域のライン川の左岸に位置している都市である。ラインラント=プファルツ州南東部に属する。街の人口は約5万人(2003年)である。ローマ帝国時代に建設された。かつては舞台ドイツ語の発音に基づいてシュパイエルと呼ばれた。シュパイヤーの表記も用いられる。」

「ライン川と言えば、ライン川は、ヨーロッパを流れる川である。スイスアルプスのトーマ湖に端を発し、ボーデン湖に入りドイツ・フランスの国境を北に向かう、ストラスブールを越えてカールスルーエの少し南からドイツ国内を流れ、ボン、ケルン、デュッセンドルフ、クレーヴェなどを通過しオランダ国内へと入ったあと2分岐し、ワール川とレク川となりロッテルダム付近で北海に注いでいる。」

「当時の皇帝コンラート2世は、自身の棺を埋葬する場所として、シュパイヤー大聖堂を1030年からおよそ30年かけて建造しましたよ。」
「はい。」

「シュパイヤー大聖堂(別名「カイザードーム」)と言えば、ドイツ南西部にある都市シュパイヤー。ライン川沿いにたたずむこの町は、中世に交易都市として発展しました。当時の皇帝コンラート2世は、自身の棺を埋葬する場所としてシュパイヤー大聖堂を1030年からおよそ30年かけて建造しました。皇帝の権威の象徴として4本の塔を持ったシュパイヤー大聖堂には、のちに7人の神聖ローマ皇帝、ドイツ王やその妻たち、そしてたくさんの僧侶たちが埋葬されました。」

「皇帝コンラート2世と言えば、コンラート2世(990年? - 1039年6月4日)は、ドイツ王(在位:1024年 - 1039年)、神聖ローマ皇帝(在位:1027年 - 1039年)、ブルグント王(在位:1033年 - 1039年)。ザーリアー朝初代の王である。」

「シュパイヤー大聖堂は、皇帝の権威の象徴として4本の塔を持っていますよ。」
「そうなんだ。」

「後に、7人の神聖ローマ皇帝、ドイツ王やその妻たち、そしてたくさんの僧侶たちが埋葬されましたよ。」
「はい。」

「コンラート2世は、歴代の皇帝たちがこの聖堂に眠ることで、大聖堂の権威を近隣諸国に知らしめようとしていましたよ。」
「そうなんだ。」

「しかし、その願いも空しく、シュパイヤー大聖堂は、主にフランスからの侵略を受け、破壊される歴史を繰り返しますよ。」
「そうなんですか。」

「1689年に、ルイ14世によって焼かれ本来の姿を失いますよ。」
「はい。」

「フランスのルイ14世と言えば、ルイ14世(1638年9月5日 - 1715年9月1日)は、ブルボン朝第3代のフランス国王(在位:1643年5月14日 - 1715年9月1日)である。ナバラ国王としてはルイス3世。ルイ13世の長子。妃はスペイン国王フェリペ4世の娘マリー・テレーズ・ドートリッシュ(マリア・テレサ)。ブルボン朝最盛期の王で太陽王(Roi-Soleil)と呼ばれた。」

「18世紀には修復され、前庭などが加えられましたよ。」
「はい。」

「1794年に、再びフランス軍によって破壊されましたよ。」
「そうなんだ。」

「19世紀には、再び大規模な修復が行われましたよ。」
「はい。」

「王たちの墓石も、修復の歴史と共に正確な場所が長い間わからなくなっていましたよ。」
「はい。」

「1900年に大規模な発掘作業が行われ、王の服飾品などと共に発見されましたよ。」
「そうなんだ。」

「現在では、王たちの墓石は地下聖堂で一般公開されていますよ。」
「はい。」

「服飾品などは、大聖堂近くのプファルツ歴史博物館に収められていますよ。」
「はい。」

「プファルツ歴史博物館と言えば、シュパイヤー大聖堂から歩いて2・3分のところにプファルツ歴史博物館があります。1907~1910年に創立された博物館には、石器時代から現代までの歴史物、大聖堂の宝物が展示されています。」

「別名「カイザードーム」とも呼ばれるこの大聖堂は、ロマネスク様式最大の聖堂として、1981年にユネスコ世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「ロマネスク様式と言えば、ロマネスク様式とは10世紀末から12世紀にかけてヨーロッパ各地に見られた建築・美術様式である。建築物は石造の厚い壁や半円アーチを持つのが特徴。フランスのサン・トロフィーム教会、イタリアのピサ大聖堂、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂などが代表例。」

「この聖堂の面白いところの一つは、平面図を見ると聖堂の形が十字架になっているところですよ。」
「はい。」

「4本の塔が左右対称に配置され、祈りの場所としてふさわしい形を作っていますよ。」
「そうなんだ。」

「外壁は、特徴のある赤い砂岩でできていますよ。」
「はい。」

「その大きさは、ドイツの大聖堂の中でも有数のものであると言わていますよ。」
「そうなんだ。」

「内部には、派手な装飾などはありませんよ。」
「はい。」

「正面門から続く紅白の石のアーチと柱が印象的で美しいですよ。」
「はい。」

「皇帝大聖堂と呼ばれるのにふさわしい内装が、所々に見られますよ。」
「そうなんだ。」

「内陣につるされた大王冠も、その一つですよ。」
「はい。」

「まるで歴代皇帝の魂がいまだにそこに漂い、人々を眺めているような幻想的な雰囲気がありますよ。」
「はい。」

「ドイツで最も美しいとされているクリプトと呼ばれる地下聖堂は、歴代の皇帝たちの墓所を見ることができ、一見の価値がありますよ。」
「そうなんですか。」

「ドイツで最も美しいとされているクリプトと呼ばれる地下聖堂と言えば、ドイツで最も美しいとされているクリプトと呼ばれるシュパイヤー大聖堂の地下聖堂は、歴代の皇帝たちの墓所をみることができ一見の価値ありです。」

「最後に、大聖堂の裏側も是非見てください。」
「わかりました。」

「木々の緑に赤い砂岩の外壁が映え、均一な2本の尖塔がどっしりとかまえる姿が、何とも美しいですよ。」
「はい。」

「大聖堂から2、3分ほど歩いた所に、王たちの服飾品があるプファルツ歴史博物館がありますよ。」
「はい。」

「時間に余裕がある人は、こちらにも足をのばしてみると、各時代の王たちの暮らしぶりを感じることができるかも知れませんよ。」
「わかりました。」





ドイツの世界遺産とドイツ南部の旅~トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂、聖母聖堂~

「ドイツ西部モーゼル川中流のトリーアに、古代ローマの遺跡群が点在していますよ。」
「そうなんですか。」

「モーゼル川中流のトリーアと言えば、ドイツ西部、モーゼル川中流のトリーアに古代ローマの遺跡群が点在しています。初代ローマ皇帝アウグストゥスが州都と定めたほど、初代ローマ帝国において交通の要として栄えた場所でした。現在も国境近くに位置しており幹線道路や鉄道など交通の便がよく、当時のにぎわいを彷彿とさせます。今も残っている遺跡の中では、最大級の大きさを誇る円形闘技場や、2世紀に建てられた橋や公共浴場など数々の見どころがあります。」

「モーゼル川と言えば、モーゼル川は、ヨーロッパのフランス、ルクセンブルクおよびドイツを流れる全長544キロの国際河川である。フランス東北部のヴォージュ山脈に源を発し、ナンシー、メスなどを北へ流れる。」

「初代ローマ皇帝アウグストゥスが州都と定めたほど、初代ローマ帝国において交通の要として栄えた場所でしたよ。」
「はい。」

「初代ローマ皇帝アウグストゥスと言えば、アウグストゥス(紀元前63年9月23日 - 紀元14年8月19日)は、ローマ帝国の初代皇帝(在位:紀元前27年 - 紀元14年)である。志半ばにして倒れた養父カエサルの後を継いで内乱を勝ち抜き、地中海世界を統一して帝政(元首政)を創始、パクス・ロマーナ(ローマの平和)を実現した。ちなみにアウグストゥスは、ラテン語で「尊厳ある者」を意味しており、現在のギリシア語では「8月」の意になっている。」

「現在も国境近くに位置しており、幹線道路や鉄道など交通の便がよく、当時のにぎわいを彷彿とさせますよ。」
「はい。」

「今も残っている遺跡の中では、最大級の大きさを誇る円形闘技場や、2世紀に建てられた橋や公共浴場など数々の見所がありますよ。」
「そうなんですか。」

「これらの古代ローマの遺跡群と合わせて、中世の遺跡であるロマネスク様式の聖ペテロ大聖堂とゴシック様式の聖母聖堂が、1986年に文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録されましたよ。」
「はい。」

「聖母聖堂と言えば、聖母聖堂は、1235年から1260年にかけて建てられたゴシック様式の聖堂である。ドイツに残るこの様式の聖堂としては最古の部類に属する。かつてこの聖堂にあった彫刻群の一部は、トリーアの司教座博物館に移されている。」

「聖ペテロ大聖堂と言えば、サン・ピエトロ大聖堂は、バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山である。サン・ピエトロは「聖ペトロ」の意で、キリスト教の使徒ペトロ(ペテロ)のイタリア語読みに由来する。サン・ピエトロ大寺院、聖ペテロ大聖堂、セント‐ピーター寺院などと表記されることもある。」

「ロマネスク様式と言えば、ロマネスク様式とは10世紀末から12世紀にかけてヨーロッパ各地に見られた建築・美術様式である。建築物は石造の厚い壁や半円アーチを持つのが特徴。フランスのサン・トロフィーム教会、イタリアのピサ大聖堂、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂などが代表例。」

「円形劇場は、古代ローマ時代競技場の遺跡ですよ。」
「はい。」

「剣闘士競技などの見世物が行われた施設ですよ。」
「そうなんだ。」

「ローマコロッセオに代表されるように中央の空間を観客席が取り囲み、全体的に円形の形になっていますよ。」
「はい。」

「ローマコロッセオと言えば、コロッセウム(ラテン語:Colosseum, イタリア語:Colosseo コロッセオ)は、ローマ帝政期に造られた円形闘技場である。英語で競技場を指す colosseum や、コロシアムの語源ともなっている。現在ではローマを代表する観光地である。」

「中世には採石場として使われていたため、あまりいい状態で残っていないのが残念ですよ。」
「そうなんだ。」

「モーゼル橋は、2世紀に建てられたモーゼル川にかかる橋ですよ。」
「はい。」

「モーゼル橋と言えば、ドイツ西部、モーゼル川中流のトリーアに古代ローマの遺跡群が点在しています。モーゼル橋は2世紀に建てられたモーゼル川にかかる橋で、今から2000年近く前に 建てられたとは思えないほど頑強な造りになっています。」

「今から2000年近く前に建てられたとは思えないほど、頑強な造りになっていますよ。」
「はい。」

「バルバラ浴場は、2世紀以前にさかのぼるとも言われるほど、古い歴史を持つ公共浴場の遺跡ですよ。」
「そうなんだ。」

「バルバラ浴場と言えば、ドイツ西部、モーゼル川中流のトリーアに古代ローマの遺跡群が点在しています。バルバラ浴場は2世紀以前に さかのぼるとも言われるほど古い歴史を持つ公共浴場の遺跡です。」

「イゲルの円柱は、最古の葬礼芸術のひとつとして、その価値を認められた墓標ですよ。」
「はい。」

「イゲルの円柱と言えば、ドイツ西部、モーゼル川中流のトリーアに古代ローマの遺跡群が点在しています。イゲルの円柱は最古の葬礼芸術のひとつとしてその価値を認められた墓標です。」

「ポルタ・ニグラは、2世紀に建てられた巨大な城門ですよ。」
「そうなんだ。」

「ポルタ・ニグラ(2世紀に建てられた巨大な城門)と言えば、ドイツ西部、モーゼル川中流のトリーアに古代ローマの遺跡群が点在しています。ポルタ・ニグラは2世紀に建てられた巨大な城門です。城門としては独特な形で、中世には聖堂に改築されたこともあるほど、建物のような円形の塔と壁面からなっています。トリーア遺跡群の代表的な建築物の一つで、特徴ある写真なども旅行記などによく乗せられています。」

「城門としては独特な形で、中世には聖堂に改築されたこともあるほど、建物のような円形の塔と壁面からなっていますよ。」
「はい。」

「トリーア遺跡群の代表的な建築物の一つですよ。」
「はい。」

「トリーア遺跡と言えば、トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂、聖母聖堂は、ドイツの世界遺産の一つである。トリーアの町に残る古代ローマ時代以降の8件の遺跡や聖堂、および近隣のイゲルに残る遺跡1件がまとめて登録されている。」

「特徴ある写真なども、旅行記などによく載せられていますよ。」
「そうなんだ。」

「テルマエロマエという漫画のヒットに伴い、日本でも古代ローマ帝国での公共浴場がどのようなものだったのかという知識が広まりましたね。」
「はい。」

「テルマエロマエという漫画と言えば、『テルマエ・ロマエ』は、ヤマザキマリによる日本の漫画である。『コミックビーム』(エンターブレイン)にて2008年2月号から2013年4月号まで連載された。当初は不定期連載だったが、2010年4月号から定期連載に移行した。単行本は2013年6月にて最終巻を迎えた。そして、2013年10月号よりコミックビームで新シリーズが連載開始予定だったが、延期となっている。」

「カラカラ浴場は、大変有名ですね。」
「そうですね。」

「カラカラ浴場と言えば、カラカラ浴場は、イタリアのローマにある古代ローマの公衆浴場である。カラカッラ浴場とも表記されることもある。212年から216年にかけて、カラカラ帝の治世に造営された。構成は225mの長さに185mの幅、おおよその高さは38.5mほどで、あちらこちらに2,000から3,000の浴槽を設置できた。」

「ここトリーアの遺跡群の中にも、カラカラ浴場に次ぐ大きさの公共浴場がありますよ。」
「はい。」

「皇帝浴場は、古代ローマ時代の公共浴場として最大規模の大きさを誇りますよ。」
「そうなんですか。」

「皇帝浴場(古代ローマ時代の公共浴場として最大規模の大きさ)と言えば、皇帝浴場は、古代ローマ時代の公共浴場として最大規模の大きさを誇ります。コンスタンティヌス帝の時代につくられましたが、一説には未完成のままだったとも言われています。」

「コンスタンティヌス帝の時代に造られましたよ。」
「はい。」

「コンスタンティヌス帝と言えば、ガイウス・フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌス(272年2月27日 - 337年5月22日)は、ローマ帝国の皇帝(在位:306年 - 337年)である。帝国を再統一し、専制君主制を発展させたことから「大帝」と称される。」

「一説には、未完成のままだったとも言われていますよ。」
「はい。」

「コンスタンティヌス帝時代には、アウラ・パラティナという宮殿も造られましたよ。」
「そうなんだ。」

「アウラ・パラティナという宮殿と言えば、アウラ・パラティナは、コンスタンティヌス帝の時代に建てられた宮殿である。度々の改築のあと、建造当時の姿に戻す工事などが行われた。」

「聖ペテロ大聖堂は、この町の司教座として機能してきましたよ。」
「はい。」

「聖ペテロ大聖堂と言えば、サン・ピエトロ大聖堂は、バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山である。サン・ピエトロは「聖ペトロ」の意で、キリスト教の使徒ペトロ(ペテロ)のイタリア語読みに由来する。サン・ピエトロ大寺院、聖ペテロ大聖堂、セント‐ピーター寺院などと表記されることもある。」

「司教座と言えば、厳密な意味では司教の座る椅子を指す。この椅子は通常教会堂の東端に位置する後陣の中央、主祭壇のうしろに置かれるが、中世では主祭壇の前の内陣に設けられることも少なくなかった。この場所は司教高座と呼ばれる。これは司教によって祝祭の祭式中および説教に際して使用される。この意味から転じて、司教の権威およびその権威ある教えをも指す。特にこの椅子から行われる説教や宣言は〈エクス・カテドラ〉(司教座宣言、今日皇の場合は聖座宣言)といわれ、公式で正統な教えとされ、それがローマ教皇によってなされた場合には、忌避しえない、不可謬なものと見なされた。」

「幾度となく、改築と増築を繰り返し造られましたよ。」
「はい。」

「さまざまな様式が混ざり合った、ユニークな造りになっていますよ。」
「そうなんですか。」

「聖母聖堂は、13世紀に造られたドイツ最古のゴシック様式の聖堂の一つですよ。」
「はい。」

「町に点在するさまざまな古代遺跡を巡っていると、まるで古代ローマにタイムスリップしたようなノスタルジックな気分が味わえるでしょう。」
「わかりました。」

ドイツの世界遺産とドイツ北部の旅~ハンザ同盟都市リューベック・シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区・ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群・デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国・ベルリンのムゼウムスインゼル・ランメルスベルク鉱山、歴史都市ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム・ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像・クヴェードリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街~

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