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中国の世界遺産と自然~麗江旧市街・大足石刻・青城山と都江堰・九寨溝の渓谷の景観と歴史地域・黄龍の景観と歴史地域・四川省のジャイアントパンダ保護区・中国南方カルスト・峨眉山と楽山大仏~





中国 世界遺産 自然

中国の世界遺産と自然

「中国に限らず、世界には「奇景」と呼ばれる場所が数多く存在しますね。」
「そうですね。」

「その姿は名前通り、ふだんの生活の中ではまず見ることのないような、奇妙で不可思議な形状をしていますよ。」
「はい。」

「中国の場合は、この奇景の数と規模が日本とは、けた違いになっていますよ。」
「そうなんですか。」

「中国のそのような「スケールの大きすぎる」奇景は、特に「世界遺産」という形で保存され、後世まで残ることになりますよ。」
「はい。」

「中には、あまりにも広大で気軽に観光できないような奇景もありますよ。」
「そうなんですか。」

「たとえば、その一つに「中国南方カルスト」がありますよ。」
「はい。」

「中国南方カルストと言えば、中国南方カルストとは、中国の雲南省石林、貴州省茘波県(れいはけん)、重慶武隆から成るユネスコの世界遺産登録物件である。これら3つの地域は、中国南部に広く見られる多様なカルスト地形の良好な代表例として2007年6月27日に世界遺産に登録された。」

「この世界遺産は、カルストと呼ばれる地質で形成されている自然遺産ですよ。」
「はい。」

「映画でもCGでも見たことのないようなスケールの世界遺産ですよ。」
「そうなんですか。」

「写真などを見ると、思わず「これは本当に実在する場所なの?」と疑わしくなってしまうかも知れませんよ。」
「そうなんだ。」

「それくらい、南方カルストという世界遺産は、奇妙で広大な場所ですよ。」
「はい。」

「この世界遺産は、雲南省と貴州省と重慶市にありますよ。」
「はい。」

「重慶市と言えば、重慶市は、中華人民共和国の直轄市である。国家中心都市の一つに指定されている。重慶市の人口は2884万人(2010年)。市の面積そのものが北海道並みに広く、市内に多くの県や農村部を抱えていることから、人口密度は350人/km2とかなり低い。2011年の都市圏人口は671万人であり、中国第7位、世界では第45位の都市部である。」

「貴州省と言えば、貴州省(きしゅうしょう)は、中華人民共和国南西部の省である。省都は貴陽市。略称の黔(けん)は黒を意味する。中国の西南地区に位置し、北に四川省と重慶市、東に湖南省、南に広西チワン族自治区、西に雲南省と接する。」

「雲南省と言えば、雲南省は、中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は●(さんずい+眞)(てん)。省都は昆明市。省名は雲嶺(四川省との境の山地)の南にあることに由来する。」

「「三つの市にまたがっているの!?」と、驚かれた方もいるかも知れませんね。」
「そうですね。」

「この世界遺産は、総面積1460平方キロメートルに及ぶ巨大遺産ですよ。」
「本当ですか?」

「今まで世界遺産を数多く見てきた人も、南方カルストのスケールを知ると、思わず目を疑いますよ。」
「そうなんだ。」

「一応、詳しい地名を挙げておくと、「雲南省石林イ族自治県」、「貴州省茘波(れいは)県」、「重慶市武隆県」にまたがっていますよ。」
「はい。」

「「重慶市武隆県」と言えば、武隆県(ぶりゅうけん)は中華人民共和国重慶市に位置する県である。鳥江が東西に流れ、観光地として知られる芙蓉江が合流している。」

「「貴州省茘波(れいは)県」と言えば、茘波県(れいはけん)は、中華人民共和国貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州(けんなんプイぞくミャオぞくじちしゅう)の管轄下にある県である。県人民政府は玉屏鎮にある。」

「「雲南省石林イ族自治県」と言えば、石林イ族自治県は中華人民共和国雲南省昆明市に位置する自治県である。カルスト地形が多く、路南石林などの奇怪な地形がみられ名勝となっている。貴州省茘波、重慶武隆と共に、中国南方カルストのひとつとして2007年にユネスコの世界遺産に登録された。」

「雲南省石林と言えば、「石林」は約2億7000万年前の海底が隆起、長い年月の間に浸食、風化されて現在の形になったとされている。総面積約400平方kmとのことだが、大小様々な奇岩が林立しており、その名の通りまさに石の林である。2004年2月13日、パリのユネスコ本部で開かれた「世界地質公園選抜大会」で、石林が最初の世界地質公園の一つに選抜されたそうである。」

「あまりにも広大過ぎるスポットなので、歩いて回ろうとしてもまず回れませんよ。」
「そうですね。」

「しかも、内部にある「武隆地域」のカルスト地形などは、武隆中部・東部にありますよ。」
「はい。」

「「武隆地域」と言えば、武隆地域のカルスト地形は武隆の中部と東部に位置しており、芙蓉洞芙蓉江、天生 三橋と後坪ウバーレからなっている。2003年、芙蓉洞は「中国南方カルスト世界自然 遺産申請の予備リスト」に登録された。」

「その種類は、そこからさらに細分化されていきますよ。」
「はい。」

「どういう地形でどういう地質であるか、という点なども、事前にチェックしていこうとすると、情報量のあまりの多さに仰天することになるでしょう。」
「そうなんだ。」

「この世界遺産自体が、学術調査の現場として現在も使われている地域ですよ。」
「はい。」

「まだまだ、研究する部分が多大に残っている地域ですよ。」
「そうなんですか。」

「形成過程を調べてから観光へ行きたいのであれば、ポイントを押さえる程度にしないと、いつまで経っても情報収集が終わらなくなってしまいますよ。」
「そうなんだ。」

「この世界遺産は文化遺産ではなく自然遺産ですよ。」
「はい。」

「時間帯によって見られるロケーションがまったく違うことも考慮しておくべき点ですよ。」
「はい。」

「朝焼けの世界遺産も美しいですよ。」
「いいですね。」

「しかし、夕暮れから夜にかけての世界遺産の姿も、かなりミステリアスですよ。」
「そうなんだ。」

「自分が一番見たいと思う時間帯を考えておきましょう。」
「わかりました。」

「そして、この世界遺産には三つのポイントがありますよ。」
「そうなんですか。」

「そのポイントごとに地形もやや異なっているので、なるべく自分が観光しやすいポイントを選択するようにしましょう。」
「わかりました。」

「カルストは、あくまでも「奇景」とされている世界遺産ですよ。」
「はい。」

「普通の岩山とは、また違う景観が広がっていますよ。」
「はい。」

「その岩も剣の形をしていたり、塔の形をしていたりと、本当に信じがたいような形状をしていますよ。」
「そうなんだ。」

「そのような、良くわからないものが多い場所ですよ。」
「はい。」

「むやみに奥に入っていこうとすると、ケガをする可能性がありますよ。」
「そうなんですか。」

「「岩が多い場所に行く」ことを、しっかりふまえた上の服装で行くのがベストですよ。」
「はい。」

「基本的には安全に整備されている世界遺産ですよ。」
「はい。」

「しかし、場所によっては非常に危険な難所もありますよ。」
「そうなんだ。」

「女性だけで行くと非常に危ないので、男性と一緒に行くのがおススメですよ。」
「わかりました。」

「もし一人だけで行くことを考えているのであれば、せめてガイドブックやコンパスなど、道筋が分かるものを、しっかり手にして参戦しましょう。」
「はい。」

「もちろん、日差しの強い日などに行くと熱射病になる恐れもありますよ。」
「そうなんだ。」

「帽子なども、できればかぶっておいた方が無難ですよ。」
「はい。」

「お子さんを連れて行かれる場合は、くれぐれもケガやトラブルがないように、事前に場所についての説明をしてから、連れて行くようにしてください。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~麗江旧市街~

「中国は、あらゆる地域に個性豊かな世界遺産を保有している国ですよ。」
「そうなんですか。」

「南方カルストなども、自然遺産も素晴らしいですよ。」
「はい。」

「しかし、やはり4000年の歴史がある国へ行くのなら、一つくらいは文化遺産もチェックしておきたいところですね。」
「はい。」

「中国には、万里の長城や三孔のようなポピュラーな世界遺産ばかりでなく、他にも様々な世界遺産がありますよ。」
「そうなんですか。」

「三孔と言えば、三孔(さんこう)とは、山東省、曲阜市にある孔子ゆかりの建造物、すなわち孔廟、孔府、孔林のことである。1994年以降、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。」

「万里の長城と言えば、万里の長城は、中華人民共和国にある城壁の遺跡である。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されており、新・世界七不思議にも選ばれている。2009年4月18日の中華人民共和国国家文物局の発表により東端の遼寧省虎山から西端の甘粛省嘉峪関(かよくかん)まで総延長は8,851.8kmとされていたが、2012年6月5日に総延長は従来の2倍以上の21,196.18kmと発表された。現存する人工壁の延長は6,259.6km。」

「たとえば、黄山や蘇州古典園林、中国史ファンがこぞって訪れる秦の始皇陵、天地の中・歴史建築群、さらには平遥古城など、日本では考えられないほど豊富なバリエーションの世界遺産が現存していますよ。」
「いろいろありますね。」

「平遥古城と言えば、平遥古城(へいよう・こじょう)は、中国山西省晋中市(しんちゅう-し)平遥県の古い城郭都市である。省都・太原から南へ100キロの地点にある。1997年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録。」

「天地の中・歴史建築群と言えば、「天地之中」歴史建築群(嵩山歴史建築群とも呼ばれます)は河南省鄭州市(ていしゅうし)登封にあり、太室闕と中岳廟、少室闕、啓母闕、嵩岳寺塔、少林寺建築群(常住院、初祖庵、塔林)、会善寺、嵩陽書院、観星台など、漢、魏、唐、宋、元、明、清時代に建てられた8ヶ所11件の歴史的建造物があります。」

「秦の始皇陵と言えば、秦の始皇陵は、1987年に登録された世界遺産(文化遺産)である。紀元前221年に初めて中国の統一を成し遂げ、中国史上初の皇帝となった秦の始皇帝(紀元前259~前210年)は、その強大な権力と富を用いて自らの巨大な墳墓・始皇陵を建設した。この陵墓は陝西省西安市の北東郊外36.5kmにあり、墳丘は東西345m、南北350mの底辺と76mの高さを持つ截頭方錐形である。その築造には38年の歳月と1日に70万人の労働力を要したといわれている。」

「蘇州古典園林と言えば、蘇州古典園林は中国、江蘇省、蘇州にある歴史を有する庭園の総称である。蘇州古典園林の庭園の多くは明の時代に建設された。これらの多くは地元の名士により作られたもので、公共事業としてではなく、個人の趣味で置かれたもので、皇帝所有の庭園である皇家園林に対して私家園林という。庭園は豊かな水を利用し、池を配置した素朴な美しさを特徴とする。」

「黄山と言えば、黄山(こうざん)は、中国・安徽省(あんきしょう)にある景勝地である。伝説の仙境(仙人が住む世界)を彷彿とさせる独特の景観から、古代から「黄山を見ずして、山を見たというなかれ」と言われ、数多くの文人が訪れた。黄山の名は伝説上の王、黄帝がこの山で不老不死の霊薬を飲み、仙人になったという言い伝えに基づいている。」

「中でも「麗江古城」は、他の世界遺産にはない独特の美しさを放っている世界遺産ですよ。」
「はい。」

「「麗江古城」と言えば、麗江古城(れいこうこじょう)は中華人民共和国雲南省、麗江市の旧市街地である。ナシ族によって建設された。ナシ族は8世紀、現在の青海省付近から南下してきたと言われている。南下した当時は磨些詔と呼ばれる小国を建国していたが、唐により蒙舎詔に編入された。その後、近隣のチベット、雲南の少数民族の影響を受け、麗江に独自の景観を作り上げた。これが現在の旧市街である。」

「この世界遺産は、雲南省北西部に立地している「城壁のない」古城ですよ。」
「そうなんだ。」

「雲南省と言えば、雲南省は、中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は●(さんずい+眞)(てん)。省都は昆明市。省名は雲嶺(四川省との境の山地)の南にあることに由来する。」

「お城と言えば、世界中をまわっても城壁があるタイプのものしかありませんね。」
「そうですね。」

「したがって、この「麗江古城」は、非常に珍しいタイプと言えますね。」
「はい。」

「「麗江古城」と言えば、麗江古城(れいこうこじょう)は中華人民共和国雲南省、麗江市の旧市街地である。ナシ族によって建設された。ナシ族は8世紀、現在の青海省付近から南下してきたと言われている。南下した当時は磨些詔と呼ばれる小国を建国していたが、唐により蒙舎詔に編入された。その後、近隣のチベット、雲南の少数民族の影響を受け、麗江に独自の景観を作り上げた。これが現在の旧市街である。」

「元代初期に創られてから二十一世紀のこの時代まで、この麗江古城は多くの観光客を迎え入れていますよ。」
「はい。」

「他の世界遺産と比べて、観光しやすい世界遺産ですよ。」
「そうなんですか。」

「初めて観光する方にも、おススメの世界遺産ですよ。」
「わかりました。」

「たとえば万里の長城などは、非常にスケールが大きく、人生の思い出ができるようなスポットですよ。」
「はい。」

「しかし、かなり長い距離を歩かなければならないので、かなり大変ですよ。」
「そうなんだ。」

「他の南方カルストなども、広大すぎて赴くのが非常に困難ですよ。」
「はい。」

「三孔なども、非常に広大な敷地の中にありますよ。」
「はい。」

「しっかり観光しようとすると、一日ではおさまりませんよ。」
「そうなんですか。」

「そのような世界遺産の多い中国において、規模も立地も程よい位置にある麗江古城は、まさに初心者向けのスポットですね。」
「はい。」

「この世界遺産は1997年に文化遺産に登録されていますよ。」
「そうなんだ。」

「世界遺産に指定されたのは、今から10年以上前と言うことになりますね。」
「はい。」

「さらに、かなり前のことなので知らない方も多いですが、この世界遺産は1996年の地震で災害被害にあった地域ですよ。」
「そうなんですか。」

「1996年の地震と言えば、中国雲南省地震は、1996年2月3日発生した地震で、死者200人、負傷者1万3千人と言われた。」

「古い町並みの続くこの地区は、大地震の被害に遭いましたよ。」
「はい。」

「その後、めでたく世界遺産に登録され、順調に復興することができた世界遺産ですよ。」
「そうなんだ。」

「地震に負けずに、美しく堅牢な佇まいを保っているその在り方を見ると、311を受けて大きな痛手を負っている私たちの中に、パワーのようなものが湧いてくるかも知れませんね。」
「はい。」

「周辺の町並みも、すっかり回復していますよ。」
「はい。」

「数百年前の景観をそのまま残していますよ。」
「そうなんだ。」

「古い町並みに惹かれる方は、是非観光しましょう。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~大足石刻~

「大足石刻は、中国重慶市にある石刻群のことですね。」
「はい。」

「大足石刻と言えば、大足石刻(だいそくせっこく)は、中国、重慶市大足県にある仏教石窟である。1999年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。大足石刻では、9世紀から13世紀頃までの大乗仏教の石仏が岩の壁に彫刻されている。ほとんどが仏教に関する石仏であるが、道教の神々の像も彫刻されている。中でも宝頂山にある仏陀の入滅を描いた釈迦涅槃像(しゃかねはんぞう)が有名で、これは31メートルの長さを有している。他に有名なものとして、金箔を張った千手観音菩薩があり、これは実際に千以上の手を有している。」

「重慶市と言えば、重慶市は、中華人民共和国の直轄市である。国家中心都市の一つに指定されている。重慶市の人口は2884万人(2010年)。市の面積そのものが北海道並みに広く、市内に多くの県や農村部を抱えていることから、人口密度は350人/km2とかなり低い。2011年の都市圏人口は671万人であり、中国第7位、世界では第45位の都市部である。」

「ここには、合計5万体以上の石刻があり、1999年に世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「これらの石刻は、古代・中世の中国を代表する仏教芸術として知られていますよ。」
「そうなんですか。」

「生き生きとした表情を持つ仏像が特徴ですよ。」
「はい。」

「中国を代表する石刻芸術では、中国三大石窟の「雲崗石窟」、「龍門石窟」、「莫高窟」が最も有名ですね。」
「はい。」

「中国三大石窟の一つの「莫高窟」と言えば、莫高窟(ばっこうくつ)は中華人民共和国甘粛省敦煌市の近郊にある仏教遺跡である。この中から出た敦煌文書でも有名である。敦煌石窟(とんこうせっくつ)・敦煌千仏洞(とんこうせんぶつどう)とも。1961年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に、1987年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。敦煌市の東南25kmに位置する鳴沙山(めいささん)の東の断崖に南北に1,600mに渡って掘られた莫高窟・西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟など600あまりの洞窟があり、その中に2400余りの仏塑像が安置されている。」

「中国三大石窟の一つの「龍門石窟」と言えば、「龍門石窟」は、2000年に登録された中国の世界遺産(文化遺産)である。龍門(ロンメン)石窟は、河南省洛陽市の南方約14km、伊河(伊水)の両岸の龍門山(西山)と香山(東山)にある石窟寺院。龍門石窟は、敦煌の莫高(ばっこう)窟、大同近郊の雲崗石窟と並び、中国三大石窟の一つに数えられている。」

「中国三大石窟の一つの「雲崗石窟」と言えば、「雲崗石窟」は、中国東北地方に分布する高句麗前期の遺跡である。2004年7月、北朝鮮にある高句麗後期の古墳群とともに、世界遺産に登録されました。洛陽市の南13キロ、伊河畔 に建てられ、敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟と並ぶ中国三大石窟の一つです。」

「「大足石刻」は、これらの石窟に引けを取らない、高い芸術性を持っていますよ。」
「そうなんだ。」

「「大足石刻」として世界遺産に登録されているのは、重慶市にある、合計27箇所の石刻群ですよ。」
「はい。」

「5万体以上の石刻のうち、大半がこの中の「宝頂山」、「北山」、「南山」、「石篆山」、「石門山」の5箇所に集中していますよ。」
「はい。」

「「大足石刻」の「石門山」と言えば、石門山石刻群は、北宋の時代に始まりました。こちらには仏教と道教の石像があります。」

「「大足石刻」の「石篆山」と言えば、石篆山石刻群は、北宋の時代に造像が始まった山です。こちらは仏教、儒教、道教の3つの石刻が共存している、珍しい山です。」

「「大足石刻」の「南山」と言えば、南山石刻群は、南宋の時代に始まりました。11世紀から13世紀の道教の石刻が多く、中国で道教の石窟造像が最も集中している場所と言われています。」

「「大足石刻」の「北山」(大足石刻にある二大石刻群の一つ)と言えば、北山石刻群は、唐末から南宋にかけ、全部で5000以上の像が造られました。総面積のおよそ半分は密教をテーマにしたものです。中でも注目なのが、136号石窟、転輪経藏窟(心神車窟とも呼ばれています)の普賢菩薩です。その美しさに、東方のヴィーナスとも呼ばれています。ここの見どころは、晩唐から南宋にかけ、時代によって変化する石像のデザインを観察することができる事です。」

「「大足石刻」の「宝頂山」(大足石刻にある二大石刻群の一つ)と言えば、宝頂山石刻群は、聖寿寺を中心に石窟が広がっています。メインは大仏湾と呼ばれる崖で、寺の左下にあります。長さは500メートル、高さは8メートルから25メートルあるという巨大なものです。ここには仏教伝来物語や六道輪廻図、千手観音などたくさんの仏教をテーマにした石刻が掘られています。ここの見どころは上下左右に仏を拝む信徒の姿を配した、世界で最大といわれる31メートルの涅槃仏と、本当に1000本以上の手をもつ千手観音像です。」

「主な石刻は、全て仏教ゆかりのものですね。」
「そうなんだ。」

「中には、道教に由来するものもありますよ。」
「そうなんですか。」

「道教と言えば、道教は、中国三大宗教(三教と言い、儒教・仏教・道教を指す)の一つである。中国の歴史記述において、他にも「道家」「道家の教」「道門」「道宗」「老氏」「老氏の教」「老氏の学」「老教」「玄門」などとも呼称され、それぞれ若干ニュアンスの違いがある。」

「これらの石刻群の中で、特に観光客に人気があり、より多くの石刻を有するのが「宝頂山」と「北山」にある石刻群ですね。」
「はい。」

「これら「大足石刻」にある二大石刻群は、中国では重点保護文化財にも指定され、大切に保存されていますよ。」
「そうなんだ。」

「「大足石刻」は、649年に切り開かれましたよ。」
「はい。」

「唐朝末期のことですね。」
「はい。」

「唐朝と言えば、唐(618年 - 690年,705年 - 907年)は、中国の王朝である。李淵が隋を滅ぼして建国した。7世紀の最盛期には、中央アジアの砂漠地帯も支配する大帝国で、朝鮮半島や渤海、日本などに、政制・文化などの面で多大な影響を与えた。日本の場合は遣唐使などを送り、894年(寛平6年)に菅原道真の意見で停止されるまで、積極的に交流を続けた。首都は長安に置かれた。」

「それ以降、五代、宋代を経て、明・清時代に至るまで、石刻の数は増え続けましたよ。」
「そうなんだ。」

「清と言えば、清(しん)は、清朝(しんちょう)、清国(しんこく)ともいい、1636年に満州において建国され、1644年から1912年まで中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝である。中国の歴史上では、征服王朝の一つに数えられる。首都は盛京(瀋陽)、後に北京に置かれた。満州族の愛新覚羅(アイシンギョロ氏)が建てた王朝で、満州語で(ラテン文字転写:Daicing gurun、カタカナ転写:ダイチン・グルン、漢語訳:大清国)といい、中国語では大清( Daqing、カタカナ転写:ダーチン)と号した。」

「明と言えば、明(みん、1368年 - 1644年)は中国の歴代王朝の一つである。明朝あるいは大明とも号した。朱元璋が元を北へ逐って建国し、滅亡の後には清が明の再建を目指す南明政権を制圧して中国を支配した。モンゴルの建てた元朝は14世紀に入ると帝位の相続争いが起こり、統治能力が低下した。さらに疫災が相次いだため、白蓮教徒が1351年に紅巾の乱を起こすと反乱は瞬く間に広がった。紅巾軍の一方の将領であった貧農出身の朱元璋(太祖・洪武帝)は南京を根拠に長江流域の統一に成功し、1368年に明を建国した。」

「宋代と言えば、宋(960年 -1279年)は、中国の王朝の一つである。趙匡胤(ちょう きょういん)が五代最後の後周から禅譲を受けて建国した。国号は宋であるが、春秋時代の宋、南北朝時代の宋などと区別するため、帝室の姓から趙宋とも呼ばれる。通常は、金に華北を奪われ南遷した1127年以前を北宋、以後を南宋と呼び分けている。北宋、南宋もともに、宋、宋朝である。首都は開封、南遷後の実質上の首都は臨安であった。」

「五代と言えば、五代は、中国で唐の滅亡から宋の統一までの分裂時代に中原に興った五つの王朝をいう。後梁(こうりよう)・後唐・後晋・後漢(こうかん)・後周。」

「それだけ長きに亘る石刻作業の中で、時代や場所によって、その石刻を築く背景は様々でしたよ。」
「はい。」

「「宝頂山」の石刻群は、密教の僧侶・趙友鳳によって切り開かれましたよ。」
「はい。」

「密教と言えば、密教とは「秘密の教え」を意味する。一般的には、大乗仏教の中の秘密教を指し、「秘密仏教」の略称とも言われる。中国語圏では一般に「密宗」(ミイゾン)という。かつての日本では、密教といえば空海を開祖とする真言宗のいわゆる東密や、密教を導入した天台宗での台蜜を指したが、20世紀に入るまで、日本ではあまり知られなかった、インドやチベットにおける同種の仏教思想の存在が認知紹介されるに伴い、現代ではそれらも合わせて密教と総称するようになっている。そういった意味での広義の密教を、今日の仏教学では後期大乗仏教に分類し、「後期大乗」と呼称する。」

「密教の僧侶・趙友鳳と言えば、「宝頂山」の石刻群は、密教の僧侶・趙友鳳によって切り開かれましたが、そこは主に、密教の道場としての意味合いを持ち、密教に由来する石刻が無数に彫られていきました。」

「「大足石刻」の「宝頂山」(大足石刻にある二大石刻群の一つ)と言えば、宝頂山石刻群は、聖寿寺を中心に石窟が広がっています。メインは大仏湾と呼ばれる崖で、寺の左下にあります。長さは500メートル、高さは8メートルから25メートルあるという巨大なものです。ここには仏教伝来物語や六道輪廻図、千手観音などたくさんの仏教をテーマにした石刻が掘られています。ここの見どころは上下左右に仏を拝む信徒の姿を配した、世界で最大といわれる31メートルの涅槃仏と、本当に1000本以上の手をもつ千手観音像です。」

「そこは主に、密教の道場としての意味合いを持ち、密教に由来する石刻が無数に彫られていきましたよ。」
「そうなんですか。」

「一方、「北山」の石刻群は、仏教徒がお金を積み立て、彫刻師に頼んで造らせたものが主ですよ。」
「はい。」

「「大足石刻」の「北山」(大足石刻にある二大石刻群の一つ)と言えば、北山石刻群は、唐末から南宋にかけ、全部で5000以上の像が造られました。総面積のおよそ半分は密教をテーマにしたものです。中でも注目なのが、136号石窟、転輪経藏窟(心神車窟とも呼ばれています)の普賢菩薩です。その美しさに、東方のヴィーナスとも呼ばれています。ここの見どころは、晩唐から南宋にかけ、時代によって変化する石像のデザインを観察することができる事です。」

「「宝頂山」は、一人の僧侶の指揮下で切り開かれましたよ。」
「はい。」

「一方、個人個人の作業が集まって「北山」の石刻群は築き上げられていきましたよ。」
「そうなんだ。」

「このように、時代や場所、目的によって、大足石刻は様々な変遷を辿り、気付けば巨大石刻群になっていましたよ。」
「そうなんですか。」

「したがって、「大足石刻」を訪れると、生身の中国史に触れられるような感覚を覚えるに違いありませんね。」
「はい。」

「大規模な世界遺産である「大足石刻」の中でも、最も有名な仏像は、宝頂山にある「釈迦涅槃像」ですね。」
「はい。」

「宝頂山にある「釈迦涅槃像」(涅槃像は臨終時に横たわる釈迦の姿)と言えば、大規模な世界遺産である「大足石刻」の中でも、最も有名な仏像は、宝頂山にある「釈迦涅槃像」です。「涅槃像」とは、臨終時に横たわる釈迦の姿で、主にタイでよく見られる仏像のスタイルです。宝頂山にある「釈迦涅槃像」は、全長31mもあり、その存在感は石刻群の中でも圧倒的に際立っています。仏像が「目をつぶって横たわる」という概念は、日本人には恐らくないでしょう。ですから、涅槃像の印象は、かえって新鮮です。」

「「涅槃像」とは、臨終時に横たわる釈迦の姿ですよ。」
「そうなんだ。」

「主にタイでよく見られる仏像のスタイルですよ。」
「はい。」

「宝頂山にある「釈迦涅槃像」は、全長31mもありますよ。」
「大きいですね。」

「宝頂山にある「釈迦涅槃像」(涅槃像は臨終時に横たわる釈迦の姿)と言えば、大規模な世界遺産である「大足石刻」の中でも、最も有名な仏像は、宝頂山にある「釈迦涅槃像」です。「涅槃像」とは、臨終時に横たわる釈迦の姿で、主にタイでよく見られる仏像のスタイルです。宝頂山にある「釈迦涅槃像」は、全長31mもあり、その存在感は石刻群の中でも圧倒的に際立っています。仏像が「目をつぶって横たわる」という概念は、日本人には恐らくないでしょう。ですから、涅槃像の印象は、かえって新鮮です。」

「「大足石刻」の「宝頂山」(大足石刻にある二大石刻群の一つ)と言えば、宝頂山石刻群は、聖寿寺を中心に石窟が広がっています。メインは大仏湾と呼ばれる崖で、寺の左下にあります。長さは500メートル、高さは8メートルから25メートルあるという巨大なものです。ここには仏教伝来物語や六道輪廻図、千手観音などたくさんの仏教をテーマにした石刻が掘られています。ここの見どころは上下左右に仏を拝む信徒の姿を配した、世界で最大といわれる31メートルの涅槃仏と、本当に1000本以上の手をもつ千手観音像です。」

「その存在感は、石刻群の中でも圧倒的に際立っていますよ。」
「はい。」

「仏像が「目をつぶって横たわる」という概念は、日本人には恐らくないでしょう。」
「そうですね。」

「したがって、涅槃像の印象は、かえって新鮮ですよ。」
「なるほど。」

「この他、千もの手が実際に彫られている「千手観音像」、父母への恩を表している「父母恩重経変像」なども有名ですね。」
「はい。」

「「父母恩重経変像」と言えば、「父母恩重経変像」は、両親への謝恩を表現した像である。この彫刻は宝頂山の中において、仏教と中国の伝統的な思想を巧みに結び付け、父母が家庭で子供を育てながら倫理・道徳の重要性を教えている彫刻群で、現存の彫刻像は改造された石刻です。」

「「千手観音像」と言えば、釈迦牟尼涅槃図の南側、第八号龕の断崖には、世界でも最大級の摩崖千手観音像が彫り込まれている。宝頂山摩崖石刻の逸品である。この観音像は、高さ7.7メートル、幅 12.5メートル、面積88平方メートルに達している。」

「これらの仏像は、色彩と表情が豊かなところが共通していますよ。」
「はい。」

「「宝頂山」には、一万体以上の石刻があると言われていますよ。」
「多いですね。」

「「北山」にも、一万点を越える石刻が彫られていますよ。」
「はい。」

「崖にびっしりと仏像が彫られている箇所が多いですよ。」
「そうなんだ。」

「細かい作業が果てしなく続けられてきたことが伺えますね。」
「はい。」

「仏像の顔が「満員電車」さながらに、びっしり並んでいますよ。」
「そうなんですか。」

「「大足石刻」では、ひと味違う仏像巡りが楽しめそうですよ。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~青城山と都江堰~

「「青城山」と「都江堰」は、共に中国四川省都江堰市にありますよ。」
「はい。」

「中国四川省都江堰市と言えば、都江堰市(とこうえんし)は中華人民共和国四川省成都市(副省級市)に位置する県級市である。成都市北方の山岳地帯の入口にあり、岷江が流れ、世界遺産ともなった景勝地で道教の聖地でもある青城山がある。国家歴史文化名城にも指定されている古い街だが、2008年の●(さんずい+文)川大地震(四川大地震)では震源に近く大きな被害を受けた。もとは灌県(かんけん)と呼ばれていたが、世界遺産にも登録された秦漢時代の水利施設・都江堰にちなんで改名された。」

「四川省と言えば、四川省(しせんしょう)は中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。」

「「都江堰」と言えば、都江堰(とこうえん)は、中華人民共和国四川省都江堰市西部の岷江(みんこう)にある古代の水利・灌漑施設である。都江堰は、岷江が龍門山脈を抜けて成都平原(四川盆地の西部)に出るところに形成された扇状地の扇頂部に設けられており、岷江の水を左岸(東側)一帯へと分水している。」

「「青城山」と言えば、青城山(せいじょうさん)は、中国・四川省都江堰市(とこうえんし)にある山地・景勝地である。道教の発祥の地の一つとして古代より知られ、道教関係の重要な建築物が集中し、宗教・医療・音楽などの道教文化が伝えられてきた。中国の中でも著名な歴史名山および国家重点風景名勝区であり、2000年、付近の岷江(みんこう)にある古代の水利施設・都江堰(とこうえん)とともに世界遺産(文化遺産)に登録されている。」

「「青城山」は、36もの峰からなる山岳で、「都江堰」は古代からある水利施設ですね。」
「はい。」

「これらは、「青城山と都江堰」という一物件として、2000年に、世界遺産に登録されました。」

「青城山は、都江堰市の市街地西側にあり、道教発祥地の1つとしても知られる名山ですよ。」
「そうなんだ。」

「道教と言えば、道教は、中国三大宗教(三教と言い、儒教・仏教・道教を指す)の一つである。中国の歴史記述において、他にも「道家」「道家の教」「道門」「道宗」「老氏」「老氏の教」「老氏の学」「老教」「玄門」などとも呼称され、それぞれ若干ニュアンスの違いがある。」

「中国四川省都江堰市と言えば、都江堰市(とこうえんし)は中華人民共和国四川省成都市(副省級市)に位置する県級市である。成都市北方の山岳地帯の入口にあり、岷江が流れ、世界遺産ともなった景勝地で道教の聖地でもある青城山がある。国家歴史文化名城にも指定されている古い街だが、2008年の●(さんずい+文)川大地震(四川大地震)では震源に近く大きな被害を受けた。もとは灌県(かんけん)と呼ばれていたが、世界遺産にも登録された秦漢時代の水利施設・都江堰にちなんで改名された。」

「景勝の地としても知られていますよ。」
「はい。」

「青城山が開かれたのは、後漢時代衰退期に当たる、143年のことですね。」
「はい。」

「後漢時代と言えば、後漢(ごかん、25年 - 220年)は中国の王朝である。漢王朝の皇族劉秀(光武帝)が、王莽(おうもう)に滅ぼされた漢を再興して立てた。都は洛陽(後漢最末期には長安・許昌(きょしょう)へと遷都)。五代の後漢(こうかん)と紛らわしいので、中国では東漢と言う(この場合、長安に都とした前漢を西漢という)。」

「この年に、道教の士・張陵が青城山にやってきて、道家の思想である「黄老学説」を学び始めましたよ。」
「そうなんですか。」

「道家の思想である「黄老学説」と言えば、黄老思想(こうろうしそう)は、中国、戦国時代から漢初にかけて流行した道家の一学派の思想であり、その学問を黄老の学という。」

「道家と言えば、道家は、旧中国の学問分類における一派である。戦国末から漢代に《黄帝経(こうていけい)》と《老子》をともに重んずる黄老(こうろう)思想が盛行し、ここに道家的諸傾向を〈道家〉として概括する学問的整理が生まれた(漢初)。世界の根源的実体たる道を立てるので道家と呼ぶ。この呼称は、司馬談(司馬遷の父)が用い(前2世紀半ば。《史記》太史公自序の六家要指(りくかようしゆ))、《漢書》芸文志(前漢末の劉音欠(りゆうきん)の《七略》に基づく)によって公認された。」

「道教の士・張陵と言えば、張陵は、中国、後漢末の道士である。道教の源流とされる五斗米道(ごとべいどう)(天師道)の創始者である。蜀の鵠鳴山で修行して符書を著す。後世、天師と称された。張道陵。生没年未詳。」

「そして、その神髄を極めるために、庵を造り、そこに籠って修行に励み、やがて弟子がつくようになりましたよ。」
「はい。」

「張陵の死後、弟子は張陵の教えを青城山で広めたことから、道教が根付くことになりましたよ。」
「はい。」

「こうして青城山は、中国における「道教の聖地」となりましたよ。」
「そうなんだ。」

「現在でも、青城山には多くの道教寺院が残っていますよ。」
「はい。」

「峰々のいたるところに点在していますよ。」
「はい。」

「それら道教寺院は、現在では青城山最大の観光スポットとして人気を博していますよ。」
「そうなんですか。」

「青城山は、大きく「前山」と「後山」に分かれますよ。」
「はい。」

「青城山の「後山」と言えば、青城山は前山、後山に二分される。後山は 100 平方km に及ぶ山岳で、交通が不便で地形も険しいが、原生林や渓谷が多く、より幽玄で自然が一層よく保存されている。」

「青城山の「前山」と言えば、青城山は前山、後山に二分される。前山は青城山風景名勝区の主要部分で 15 平方キロメートルの範囲に広がり、風景の優美さと道教関係の文物古跡の多さで知られ多くの観光客を集める。」

「「前山」は、風景名勝区の主要部分になっていますよ。」
「はい。」

「風景名勝区と言えば、中華人民共和国国家級風景名勝区は、中華人民共和国国務院が「風景名勝区条例」で制定している国家レベルの風景名勝区である。美観と文化または科学的価値があり、自然及び文化的景観がすぐれ、観光、科学文化活動などに貢献する区域である。」

「「後山」も前山とは違う、独特の神秘的美しさを湛えていますよ。」
「そうなんだ。」

「どちらも一見の価値がありますよ。」
「はい。」

「青城山は、仏教寺院群と自然の美しさが融合した、独特な景観を持つ所ですよ。」
「そうなんですか。」

「「都江堰」という水利施設が築かれ始めたのは、張陵の時代のはるか前、紀元前256年頃のことですよ。」
「はい。」

「この時代、泰国の李冰(りひょう)は、毎年春になると、雪が解けて山から流れてくる水によって水害を受ける都江堰市を、何とかしようと模索していましたよ。」
「はい。」

「泰国と言えば、タイ王国、通称タイは、東南アジアに位置する立憲君主制国家である。東にカンボジア、北にラオス、西にミャンマーとアンダマン海があり、南はタイランド湾とマレーシアである。国土はインドシナ半島の中央部とマレー半島の北部に位置する。首都はバンコク。」

「泰国の李冰(りひょう)と言えば、「都江堰」という水利施設が築かれ始めたのは、張陵の時代のはるか前、紀元前256年頃のことです。この時代、泰国の李冰(りひょう)は、毎年春になると、雪が山から解けて流れてくる水によって水害を受ける都江堰市を何とかしようと模索していました。そこで考案されたのが、合理的な水路造りです。李冰は、水害をもたらす山水を、成都を中心とする大平原に流す水路を考案し、その着工を始めたのです。」

「そこで考案されたのが、合理的な水路造りですね。」
「そうなんだ。」

「李冰は、水害をもたらす山水を、成都を中心とする大平原に流す水路を考案し、その着工を始めましたよ。」
「はい。」

「成都(四川省の省都・成都市)と言えば、成都市は、中華人民共和国四川省の省都であり、副省級市である。豊かな成都平原の中にあって古くから「天府の国」と呼ばれてきた。唐の時代から蜀錦を産出するため錦城の別称を持ち、また芙蓉の花を市花とするところから蓉城の別称ももつ。」

「しかし、完成する前に李冰は亡くなり、その息子・李二郎が父の意志を受け継ぎ、水利施設を完成させましたよ。」
「はい。」

「李冰の息子・李二郎と言えば、李冰は、水害をもたらす山水を、成都を中心とする大平原に流す水路を考案し、その着工を始めました。しかし、完成する前に李冰は亡くなり、その息子・李二郎が父の意志を受け継ぎ、水利施設を完成させました。こうして出来たのが、「都江堰」です。」

「こうして出来たのが、「都江堰」ですよ。」
「わかりました。」

「都江堰は、都江堰市を水害から守るだけでなく、その水を成都に流し込むことで、成都を豊かな農業地帯に変えましたよ。」
「はい。」

「都江堰は、現在も利用されていますよ。」
「はい。」

「着工開始から2300年の年月が流れ、今尚人々の生活を支える水利施設として利用されていますよ。」
「そうなんですか。」

「いかに丈夫に、また合理的に作られたかを考えさせられますね。」
「そうですね。」

「古代中国人の知恵が詰まった水利施設は、このように古代から現在に至るまで、都江堰の人々には欠かせない施設になっていますよ。」
「はい。」

「「青城山」と「都江堰」は、互いに10kmしか離れていませんよ。」
「そうなんですか。」

「一度の観光で、両方訪れることが可能ですよ。」
「それはいいですね。」

「しかし、青城山の道教寺院は丁寧に見て回りたいものですね。」
「はい。」

「都江堰には、私たち現代人が生活する上での知恵のようなものが隠されているような気がしますよ。」
「はい。」

「一度の観光で両方訪れる機会があっても、その一つ一つを、時間をかけて見て回りたいものですね。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~九寨溝の渓谷の景観と歴史地域~

「九寨溝は、四川省の省都・成都市から北に460kmの所にある、九寨溝県岷山山脈にあるY字型渓谷ですよ。」
「はい。」

「岷山山脈と言えば、岷山山脈(みんざんさんみゃく、びんざんさんみゃく)は、中国西南部の高い山脈である。甘粛省南部から四川省西北部にかけて約500kmにわたり伸びる山脈。●(さんずい+文)山とも。標高4000mから4500mの高山が連なり、山頂には氷河もある。ユーラシアプレートの下にインドプレートが入り、チベット高原が隆起した際、同時に隆起して形成された。さらに氷河の浸食作用により現在の地質や地形が形成された。」

「九寨溝県岷山山脈にあるY字型渓谷と言えば、九寨溝は、四川省の省都・成都市から北に460kmのところにある、九寨溝県岷山山脈にあるY字型渓谷です。この地は、その現実離れした究極の美しさを持つ湖群が大変有名で、1992年に世界遺産に登録されました。九寨溝は、大きく3つの地域に分かれます。「Y字」の最下部分に当たるのが「樹正溝区」、東側が「日則溝区」、西側が「則査溝区」です。」

「九寨溝県岷山山脈と言えば、岷山山脈(みんざんさんみゃく、びんざんさんみゃく)は、中国西南部の高い山脈である。甘粛省南部から四川省西北部にかけて約500kmにわたり伸びる山脈。●(さんずい+文)山とも。標高4000mから4500mの高山が連なり、山頂には氷河もある。ユーラシアプレートの下にインドプレートが入り、チベット高原が隆起した際、同時に隆起して形成された。さらに氷河の浸食作用により現在の地質や地形が形成された。」

「九寨溝と言えば、九寨溝(きゅうさいこう)は、中国四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある自然保護区であり、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。九寨溝は石灰岩質の岷山山脈(びんざんさんみゃく)中、標高3400mから2000mに大小100以上の沼が連なるカルスト地形の淡水の湖水地帯である。」

「成都(四川省の省都・成都市)と言えば、成都市は、中華人民共和国四川省の省都であり、副省級市である。豊かな成都平原の中にあって古くから「天府の国」と呼ばれてきた。唐の時代から蜀錦を産出するため錦城の別称を持ち、また芙蓉の花を市花とするところから蓉城の別称ももつ。」

「四川省と言えば、四川省(しせんしょう)は中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。」

「この地は、その現実離れした究極の美しさを持つ湖群が、大変有名ですよ。」
「そうなんですか。」

「1992年に世界遺産に登録されましたよ。」
「はい。」

「九寨溝の湖は、どれも神秘的な輝きを見せていますよ。」
「はい。」

「九寨溝の湖と言えば、九寨溝は四川省の北部、岷山山脈の奥深いところに位置し、標高は2000m~3500mです。女神が天上の世界から落とした鏡が108つに砕けてできたと伝えられ、手つかずの原生林の中に大小108の湖、泉、滝などが分布しています。その自然が織り成すエメラルドブルーの世界は中国国内でも代表的な美しい自然景観、まさに絶景です。」

「その美しい景観は、従来の中国のイメージとは異なったタイプの美しさですよ。」
「そうなんだ。」

「比較的西洋にある湖畔の風景に似ていますよ。」
「そうなんですか。」

「その奇跡的な景色は、「人間の仙境」と言われ、古くから称えられてきましたよ。」
「はい。」

「九寨溝は、世界遺産に認定される前の1982年には、中国国務院から「重点風景名勝地」に認定されていますよ。」
「はい。」

「中国国務院が認定する「重点風景名勝地」と言えば、九寨溝は、世界遺産に認定される前の1982 年には、中国国務院から「重点風景名勝地」に認定されています。」

「中国国務院と言えば、中華人民共和国国務院は、中華人民共和国の最高国家行政機関である。列国の内閣に相当し、国務院とも略称する。中華人民共和国の建国初期には政務院と称していた。」

「九寨溝と言えば、九寨溝(きゅうさいこう)は、中国四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある自然保護区であり、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。九寨溝は石灰岩質の岷山山脈(びんざんさんみゃく)中、標高3400mから2000mに大小100以上の沼が連なるカルスト地形の淡水の湖水地帯である。」

「九寨溝は、その世界遺産部分の全長が60kmありますよ。」
「距離が長いですね。」

「ここに、118箇所の湖と17箇所の滝がありますよ。」
「多いですね。」

「これらの湖と滝に湧き出る淡水は、どこもため息が出るくらいの美しさを持っていますよ。」
「そうなんですか。」

「その色が、場所によって、「エメラルドグリーン」に見えたり「碧色」に見えたりと違った色彩を見せていますよ。」
「はい。」

「どこの水も本当に美しく、そこに佇むと、まるで自分が別世界にいるような錯覚に陥りますよ。」
「そうなんだ。」

「この水の色は、カルスト地形を作っている炭酸カルシウムによるものですね。」
「はい。」

「カルスト地形を作っている炭酸カルシウムと言えば、九寨溝で、カルスト地形の影響を最も表しているのが、水です。九寨溝にある湖の水は、殆ど海底から湧き出る地下水で、その水は、炭酸カルシウムを多く含んでいます。炭酸カルシウムには、塵を湖底に沈める作用、また水質を浄化する作用があります。ですから、炭酸カルシウムの絶妙な作用により、九寨溝には、九寨溝にしかない、神秘的美しさを持つ水の色が生まれるのです。」

「「カルスト地形」とは、石灰岩が水に侵食されて変化し、堆積してできた地形ですね。」
「はい。」

「中国南部では、至る所で見られますよ。」
「そうなんだ。」

「世界各地にカルスト地形を有する高地や台地がありますね。」
「はい。」

「日本では、山口県美祢市にある、秋吉台のカルストが有名ですね。」
「そうですね。」

「山口県美祢市にある秋吉台のカルストと言えば、秋吉台(あきよしだい)は山口県美祢市(みねし)中・東部に広がる日本最大のカルスト台地である。北東方向に約16km、北西方向に約6kmの広がりを有し、台地上の総面積54平方km、石灰岩の分布(沖積面下の潜在部を含む)総面積93km2、台地面の標高180~420mである。厚東川によって東西二つの台地(東台と西台)に分けられ、東側地域が狭義の秋吉台(特別天然記念物、国定公園)である。」

「九寨溝で、カルスト地形の影響を最も表しているのが、水ですね。」
「はい。」

「九寨溝にある湖の水は、殆ど海底から湧き出る地下水ですよ。」
「はい。」

「その水は、炭酸カルシウムを多く含んでいますよ。」
「そうなんだ。」

「炭酸カルシウムには、塵を湖底に沈める作用、また水質を浄化する作用がありますよ。」
「はい。」

「したがって、炭酸カルシウムの絶妙な作用により、九寨溝には、九寨溝にしかない、神秘的美しさを持つ水の色が生まれますよ。」
「そうなんだ。」

「九寨溝は、大きく3つの地域に分かれますよ。」
「はい。」

「「Y字」の最下部分に当たるのが「樹正溝区」、東側が「日則溝区」、西側が「則査溝区」ですね。」
「はい。」

「九寨溝の西側の「則査溝区」と言えば、九寨溝は、大きく3つの地域に分かれます。「Y字」の最下部分に当たるのが「樹正溝区」、東側が「日則溝区」、西側が「則査溝区」です。九寨溝を構成する2つの渓谷のうち、東側に位置する則査窪溝景区にある湖で、面積は狭いながらも九寨溝随一の青さを誇ります。」

「九寨溝の東側の「日則溝区」と言えば、 九寨溝は、大きく3つの地域に分かれます。「Y字」の最下部分に当たるのが「樹正溝区」、東側が「日則溝区」、西側が「則査溝区」です。九寨溝の中でも、中心的な位置を占める日則溝景区にある五花海は、特に美しい景色と言われています。その理由は、湖底に蓄積した沈殿物にマグネシウムや銅などを含んだ石灰物質が付着し、多種な藻が植生した結果、色彩豊かな色合いにみえるからだと言われています。」

「九寨溝の「Y字」の最下部分に当たるのが「樹正溝区」と言えば、九寨溝は、大きく3つの地域に分かれます。「Y字」の最下部分に当たるのが「樹正溝区」、東側が「日則溝区」、西側が「則査溝区」です。Y字最下部から園内に入ると、そこには72,000haもの世界遺産地域が広がっています。この中の湖は、どこも訪れる価値があり、その美しい水の色の様々な表情を、思う存分堪能できるに違いありません。」

「Y字最下部から園内に入ると、そこには72,000haもの世界遺産地域が広がっていますよ。」
「広いですね。」

「この中の湖は、どこも訪れる価値があり、その美しい水の色の様々な表情を、思う存分堪能できるに違いありませんね。」
「はい。」

「代表的な湖は、九寨溝最大規模を誇る「長海」、双子の龍が隠れているような景色から名づけられた「双龍海」、ジャイアントパンダが水を飲んでいたところが目撃されたと言われる「熊猫海」などですよ。」
「はい。」

「ジャイアントパンダと言えば、ジャイアントパンダは、哺乳網ネコ目(食肉目)クマ科ジャイアントパンダ属に分類される食肉類である。中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。」

「ジャイアントパンダが水を飲んでいたところが目撃されたと言われる「熊猫海」という湖と言えば、熊猫海は、箭竹海と五花海の間にあります。熊猫海は標高2587m、長さ570m、幅160m、平均水深14m、面積9万㎡の湖です。熊猫海は昔、野生のパンダが多く目撃され、水を飲みに下りてきたことから、この名がつけられたそうです。」

「双子の龍が隠れているような景色から名づけられた「双龍海」という湖と言えば、双龍海(そうりゅうかい)です。中国語では双海です。透き通る湖の中にまるで二匹の龍が隠れているように見えるためこの名が付いたそうです。白鳥や鴛鴦が飛び交い、時には野鴨の群れが白鳥とともに舞っている姿を見ることもできるそうです。湖の中の白い部分が龍なのでしょう。」

「九寨溝最大規模を誇る「長海」という湖と言えば、「長海」は、標高3,103mにあり、長さは4,349m。最も幅の広い所は415m、平均幅は236.4m、平均の深さは44.57mで最も深い所は88.8m。面積は928440平方mあり、九寨溝にある数えきれない湖のうち最大規模を誇る典型的な「堰塞湖」(堰き止められた湖)である。」

「他にも、各湖が美しい水を湛えるだけでなく、それぞれに伝説や逸話があり、どこも大変興味深いですよ。」
「そうなんですか。」

「九寨溝は、「自然保護区」にも指定されていますよ。」
「はい。」

「希少動物であるジャイアントパンダ、レッサーパンダなどが生息していますよ。」
「そうなんですか。」

「レッサーパンダと言えば、レッサーパンダは、哺乳網ネコ目(食肉目)レッサーパンダ科レッサーパンダ属に分類される食肉類である。本種のみでレッサーパンダ属を構成する。別名アカパンダ。独特の模様を持つ尾が特徴。」

「ジャイアントパンダと言えば、ジャイアントパンダは、哺乳網ネコ目(食肉目)クマ科ジャイアントパンダ属に分類される食肉類である。中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。」

「九寨溝には、美しい水だけでなく、希少性の高い、多くの動物や植物が存在しますよ。」
「はい。」

「九寨溝が世界遺産に認定されてから20年もの時が流れ、現在も世界中の人々が、中国各地にある観光地の中でも、敢えて九寨溝を選んで訪れますよ。」
「はい。」

「しかし、自然保護の視点から、一日に世界遺産地域に入場できる人数に制限を設けていますよ。」
「そうなんですか。」

「行ってすぐに見られる場所ということではありませんよ。」
「はい。」

「その点には充分に注意してください。」
「わかりました。」

「九寨溝のある場所は、標高2,000mを越える地帯ですよ。」
「はい。」

「したがって、年間を通じて気温が低く、夏でも長袖・防寒具が必要ですよ。」
「そうなんだ。」

「日本人であれば、冬の観光はきついかも知れませんね。」
「そうですね。」

「比較的気温が上がる、5月~9月が、観光客にはおススメですよ。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~黄龍の景観と歴史地域~

「中国南部では、「カルスト地形」が多く見られますよ。」
「はい。」

「カルスト地形から形成された地域の中で、四川省アバ・チベット族チャン族自治州松藩県にある渓谷「黄龍」は、観光客に人気のある一大スポットですよ。」
「はい。」

「四川省アバ・チベット族チャン族自治州松藩県にある渓谷「黄龍」と言えば、「黄龍」の湖沼は、固まった石灰質が、壁を造り、あたかも棚田のような景観を創り上げています。そして、縁の色は石灰質の沈殿物のため黄色に見え、その様子を空から見ると、黄色い龍の鱗のようで、「黄龍」の語源になっています。さらに湖水は、水藻や微生物の影響で、エメラルドグリーン、アイスブルー、硫黄色など様々で、大変神秘的な色合いです。黄龍はまた、レッサーパンダやジャイアントパンダ、糸金猴などの絶滅危惧種が多数 生息していることから、ユネスコの「生物圏保護区」にも指定されています。」

「四川省アバ・チベット族チャン族自治州松藩県と言えば、松潘県(しょうばん-けん)は、中国四川省アバ・チベット族チャン族自治州東部に位置する県である。北緯32度06分から33度09分の間、東経102度38分から104度15分までの範囲にある。」

「四川省アバ・チベット族チャン族自治州と言えば、アバ・チベット族チャン族自治州は、中華人民共和国四川省西北部に位置するチベット族とチャン族の自治州である。州都はバルカム。チベット人の伝統的地理区分では、アムド地方の東南部にあたる。四川省西北部に位置し、成都平原に近い。」

「四川省と言えば、四川省(しせんしょう)は中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。」

「黄龍は、1992年に「黄龍の景観と歴史地域」として世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「黄龍におけるカルストは、多種多様な色彩を放つ水の色、又その水を蓄える池が3,400もあることが最大の特徴ですよ。」
「はい。」

「その神々しく輝かしい水は、古くからチベットの人々の心に潤いを与え、「人間瑤地」として称えられてきましたよ。」
「はい。」

「チベットと言えば、チベットは、東経77-105度、北緯27-40度に至る地域を占め、南はヒマラヤ山脈、北は崑崙山脈(こんろんさんみゃく)、東はきょうらい山脈に囲まれた地域、およびこの地域に成立した国家や政権、民族、言語等に対して使用される呼称である。」

「黄龍は又、レッサーパンダやジャイアントパンダ、糸金猴などの絶滅危惧種が多数生息していることから、ユネスコの「生物圏保護区」にも指定されていますよ。」
「そうなんですか。」

「ユネスコの「生物圏保護区」と言えば、生物圏保護区は、ユネスコの「人間と生物圏計画」(MAB計画) に基づいて成立した国際的な指定保護区の名称である。生物圏保存地域とも呼ぶ。また、日本国内ではユネスコエコパークの呼称が用いられている。「生物圏保護区世界ネットワーク」には、2012年7月現在で117か国610保護区が登録されている。」

「糸金猴と言えば、黄龍はまた、レッサーパンダやジャイアントパンダ、糸金猴などの絶滅危惧種が多数生息していることから、ユネスコの「生物圏保護区」にも指定されています。」

「レッサーパンダと言えば、レッサーパンダは、哺乳網ネコ目(食肉目)レッサーパンダ科レッサーパンダ属に分類される食肉類である。本種のみでレッサーパンダ属を構成する。別名アカパンダ。独特の模様を持つ尾が特徴。」

「ジャイアントパンダと言えば、ジャイアントパンダは、哺乳網ネコ目(食肉目)クマ科ジャイアントパンダ属に分類される食肉類である。中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。」

「「カルスト地形」とは、枯葉や枯枝が堆積してできた石灰岩が、雨水や地下水に侵食されて造られた地形のことですね。」
「はい。」

「これらでできた、樹氷のような地形の層のことを「石灰華」と言いますよ。」
「はい。」

「石灰華と言えば、石灰華は、炭酸カルシウムの化学的沈澱物で、温泉の周囲や干上がった湖底などに形成される。」

「黄龍では、石灰華が作り出す棚畑状の層にできた池が至る所で見られますよ。」
「そうなんだ。」

「石灰華と言えば、石灰華は、炭酸カルシウムの化学的沈澱物で、温泉の周囲や干上がった湖底などに形成される。」

「このような地形は、何億年もかけて築かれたものですね。」
「そうなんですか。」

「実際に黄龍のある地域は、3億~4億年前迄は海底にあったと言われていますね。」
「はい。」

「そこに枯葉や枯枝、更にサンゴなどが堆積してできた石灰岩がカルスト地形を築き始め、黄龍の地が隆起しましたよ。」
「はい。」

「こうして、長い年月の末に見事な棚畑状の層を作り出し、そこに水が溜まり始めましたよ。」
「そうなんだ。」

「その中で、「黄龍風景区」として整備されているのは、岷山山脈の麓にある「迎賓彩池」(標高:高3,199m)の地点から、頂上にある「五彩池」(標高:3,553m)までの約3.7kmですよ。」
「はい。」

「岷山山脈の頂上にある「五彩池」と言えば、四川省アバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある世界遺産・九寨溝を代表する「海子」(池)のひとつ「五彩池」。青い池の水は「五花海」と並び、特に著名である。」

「岷山山脈の麓にある「迎賓彩池」と言えば、黄龍溝入口から遊歩道を歩き、最初に現れるのが迎賓彩池です。彩池とは石灰華の 段丘に水がたまってできた池のことです。湖の広さが9,600平方メートルあり、360あまりの大小 さまざまな彩池が連なっています。」

「岷山山脈と言えば、岷山山脈(みんざんさんみゃく、びんざんさんみゃく)は、中国西南部の高い山脈である。甘粛省南部から四川省西北部にかけて約500kmにわたり伸びる山脈。●(さんずい+文)山とも。標高4000mから4500mの高山が連なり、山頂には氷河もある。ユーラシアプレートの下にインドプレートが入り、チベット高原が隆起した際、同時に隆起して形成された。さらに氷河の浸食作用により現在の地質や地形が形成された。」

「「黄龍風景区」にある湖・池は、水に溶解する成分の細かい差で、違った色彩を見せているのが大きな特徴ですよ。」
「はい。」

「「水=蒼い」というイメージが先行しますよ。」
「そうなんですか。」

「しかし、黄龍の水は、角度や光加減などによって、黄色にもオレンジにも見えますよ。」
「そうなんだ。」

「水そのものは透明ですね。」
「はい。」

「しかし、そこに自然的要因が何重にも重なって、全く違う色に見えてきますよ。」
「はい。」

「その光景は、同じく世界遺産に指定されている、アメリカの「イエローストーン国立公園」にある湖畔の風景とよく似ていると言われていますよ。」
「そうなんだ。」

「アメリカの「イエローストーン国立公園」と言えば、イエローストーン国立公園はアイダホ州、モンタナ州、及びワイオミング州に位置するアメリカ合衆国の国立公園である。イエローストーンは世界最古の国立公園であり、ワイオミング州北西部を中心として3,470平方マイル(8,980平方km)にわたる。この国立公園は様々な間欠泉や温泉、地熱によるその他の見所で有名であり、グリズリーやオオカミ、及びアメリカバイソン(バッファロー)やワピチ(エルク)の群れが生息している。ここは地上に残された数少ない手付かずの巨大温帯生態系の一つであるイエローストーン圏生態系の中心になっている。」

「中国とアメリカで似たような光景が見られるのも何だか不思議な話ですね。」
「そうですね。」

「実際にカルスト地形は、中国だけでなく、世界各地で見られますよ。」
「はい。」

「黄龍の池は、主にその淵が黄色い堆積岩でできていますよ。」
「はい。」

「その中にある水の色が常に変化を遂げていますよ。」
「そうなんですか。」

「池の外側と内側の色の違いやコントラストが、また黄龍独特の神秘的景観を形成していますよ。」
「はい。」

「この地に来て、その美しさに心を打たれない人は、恐らくいないでしょう。」
「そうなんだ。」

「「黄龍風景区」の観光ベストシーズンは、春から夏にかけてですよ。」
「はい。」

「この地域は、一番低い所でも標高3,000mを越えていますよ。」
「高い場所ですね。」

「一年中気温が低く、日本人が冬に観光をするには厳しい場所ですよ。」
「はい。」

「しかし、実は冬の景色こそが、年間を通じて最も美しい、という人は多くいますよ。」
「はい。」

「冬には池が雪化粧をし、透明で鮮やかな水にうっすら雪が乗るその景色は、この世のものとは思えないほど感動的ですよ。」
「そうなんだ。」

「季節がよく、ハイキングに適した時期に池を回るのも、準備を整えて冬に思い切って行ってみるのも、どちらもおススメできますよ。」
「わかりました。」

「そして黄龍は間違いなく、誰にとっても忘れられない景色を見せてくれるでしょう。」
「そうなんだ。」





中国の世界遺産と自然~四川省のジャイアントパンダ保護区~

「中国四川省には、中国全体の約30%のジャイアントパンダが生息していますよ。」
「そうなんですか。」

「ジャイアントパンダと言えば、ジャイアントパンダは、哺乳網ネコ目(食肉目)クマ科ジャイアントパンダ属に分類される食肉類である。中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。」

「四川省と言えば、四川省(しせんしょう)は中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。」

「そして、その生息地域は、2006年に「四川省のジャイアントパンダ保護区」として、世界遺産に登録されましたよ。」
「はい。」

「ジャイアントパンダは、古くから「生きている宝」と言われていますよ。」
「そうなんだ。」

「中国を象徴する動物として、愛されてきましたよ。」
「はい。」

「それだけでなく、その愛くるしい姿は、WWF(世界自然保護基金)のシンボルマークにも選ばれていますよ。」
「はい。」

「WWF(世界自然保護基金)と言えば、世界自然保護基金(略称:WWF)は、世界最大規模の自然環境保護団体である国際的NGOである。1986年まではWorld Wildlife Fundとして活動し、略称もここからとられている。現在、WWFインターナショナルのホームページでは、生物多様性を維持しつつエコロジカルフットプリントを減らし、総じて地球一個分の暮らしを目標とするのが、WWFの活動方針であることを示している。」

「日本でも、動物園でパンダは一番の人気者ですね。」
「そうですね。」

「しかし、ジャイアントパンダは、現在、絶滅危惧種に指定されていますね。」
「はい。」

「ジャイアントパンダの本格的な保護活動が始まったのは、1963年ですよ。」
「はい。」

「この年に、ジャイアントパンダの「臥竜自然保護区」(?川県)が初めて指定されましたよ。」
「そうなんだ。」

「「臥竜自然保護区」と言えば、臥隆パンダ自然保護区は、高山地帯の生態系及びパンダなど希少価値稀小動植物( キンシコウ、ハンカチノキなど)を保護する、国家クラスの総合自然保護地区である。 総面積20 万ha、成都市から約130㎞、観光バスで約3時間半かかります。」

「その後、ジャイアントパンダの保護を目的に指定された区域は拡大していきましたよ。」
「はい。」

「世界中の研究者たちが、パンダの保護活動に参加するようになりましたよ。」
「はい。」

「ジャイアントパンダの研究が本格的に始まったのは、1978年のことですよ。」
「そうなんだ。」

「そして1980年に、WWFと中国の合同チームが初めて野生のジャイアントパンダを確認し、同年、「臥竜大熊猫保護研究基地」が設けられましたよ。(注:「大熊猫」=ジャイアントパンダ」)」
「はい。」

「「臥竜大熊猫保護研究基地」と言えば、1980年に、WWFと中国の合同チームが初めて野生のジャイアントパンダを確認し、同年、「臥竜大熊猫保護研究基地」が設けられました。(注:「大熊猫」=ジャイアントパンダ」)それ以降、中国では国を挙げて、ジャイアントパンダの保護活動及びその生息地帯の保全に尽力してきました。四川省には幾つかの大熊猫研究基地が設けられましたが、最大規模で最も古い臥竜の研究基地は、2008年の四川大地震により深刻な被害を受け、その施設の大半が壊滅しました。そのため、活動機能を四川省の都・成都市に移動させ、現在は成都パンダ研究基地が、ジャイアントパンダ保護活動の拠点になっています。」

「それ以降、中国では国を挙げて、ジャイアントパンダの保護活動及びその生息地帯の保全に尽力してきましたよ。」
「はい。」

「四川省には、幾つかの大熊猫研究基地が設けられましたよ。」
「そうなんだ。」

「最大規模で最も古い臥竜の研究基地は、2008年の四川大地震により深刻な被害を受け、その施設の大半が壊滅しましたよ。」
「はい。」

「臥竜と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。蜂臥龍自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護している。」

「そのため、活動機能を四川省の都・成都市に移動させ、現在は成都パンダ研究基地が、ジャイアントパンダ保護活動の拠点になっていますよ。」
「はい。」

「成都(四川省の省都・成都市)と言えば、成都市は、中華人民共和国四川省の省都であり、副省級市である。豊かな成都平原の中にあって古くから「天府の国」と呼ばれてきた。唐の時代から蜀錦を産出するため錦城の別称を持ち、また芙蓉の花を市花とするところから蓉城の別称ももつ。」

「四川省と言えば、四川省(しせんしょう)は中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。」

「世界遺産に登録されたのは、7箇所の自然保護区(臥竜、蜂桶寨、四姑娘山、喇叭河、黒水河、金湯-孔玉、草坡)と、9箇所の風景名勝区(青城山-都江堰、天台山、四姑娘山、西嶺雪山、鶏冠山-九竜溝、夾金山、米亜羅、霊鷲山-大雪峰、二郎山)ですよ。」
「たくさんありますね。」

「二郎山と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。二郎山風景名勝区は、9つの風景区の一つである。」

「霊鷲山-大雪峰と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。霊鷲山、大雪峰風景名勝区は、9つの風景区の一つである。」

「米亜羅と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。米亜羅風景名勝区は、9つの風景区の一つである。」

「夾金山と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。夾金山風景名勝区は、9つの風景区の一つである。」

「鶏冠山-九竜溝と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。鶏冠山・九龍溝風景名勝区は、9つの風景区の一つである。」

「西嶺雪山と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。西嶺雪山風景名勝区は、9つの風景区の一つである。」

「天台山と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。天台山風景名勝区は、9つの風景区の一つである。天台山(てんだいさん)は、中国浙江省東部の天台県の北方2kmにある霊山である。」

「青城山-都江堰と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。青城山・都江堰風景名勝区は、9つの風景区の一つである。青城山は古来より道教の聖山として栄えている。都江堰は紀元前256年からその土地の川の氾濫を防ぐために数世紀かけて作られた古代水利施設である。」

「草坡と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。草坡自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。ジャイアントパンダと生態環境を主に保護している。」

「金湯-孔玉と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。金湯―孔玉自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。希少動物及び生態環境を主に保護している。」

「黒水河と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。黒水河自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護している。」

「喇叭河と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。喇叭河自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。ジャイアントパンダ及びヌーなどの希少動物を主に保護している。」

「四姑娘山と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。四姑娘山自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。野生動物及び森林生態系を主に保護している。」

「蜂桶寨と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。蜂桶寨自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護している。」

「臥竜と言えば、「四川パンダ生息地」には世界中のパンダの30%以上が生息している。チョンライ山系と挟金山山脈の間に7つの自然保護区と9つの風景区があり、総面積は9245k㎡。蜂臥龍自然保護区は、7つの自然保護区の一つである。ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護している。」

「「都江堰」と言えば、都江堰(とこうえん)は、中華人民共和国四川省都江堰市西部の岷江(みんこう)にある古代の水利・灌漑施設である。都江堰は、岷江が龍門山脈を抜けて成都平原(四川盆地の西部)に出るところに形成された扇状地の扇頂部に設けられており、岷江の水を左岸(東側)一帯へと分水している。」

「「青城山」と言えば、青城山(せいじょうさん)は、中国・四川省都江堰市(とこうえんし)にある山地・景勝地である。道教の発祥の地の一つとして古代より知られ、道教関係の重要な建築物が集中し、宗教・医療・音楽などの道教文化が伝えられてきた。中国の中でも著名な歴史名山および国家重点風景名勝区であり、2000年、付近の岷江(みんこう)にある古代の水利施設・都江堰(とこうえん)とともに世界遺産(文化遺産)に登録されている。」

「風景名勝区と言えば、中華人民共和国国家級風景名勝区は、中華人民共和国国務院が「風景名勝区条例」で制定している国家レベルの風景名勝区である。美観と文化または科学的価値があり、自然及び文化的景観がすぐれ、観光、科学文化活動などに貢献する区域である。」

「総面積は9,245km2と広大な規模ですよ。」
「はい。」

「パンダの生息条件は、標高2,100m~3,600mの高地ですね。」
「はい。」

「この条件に満たす地域には、パンダの食料である竹が多いですよ。」
「そうなんだ。」

「したがって、世界遺産に登録された「ジャイアントパンダ保護区」は、全て高地にありますよ。」
「はい。」

「野生のパンダは、私たち一般人どころか、プロの写真家でも、撮影をするのが困難だと言われていますね。」
「そうなんだ。」

「主な野生パンダの生息地帯は、高地の奥深くですよ。」
「そうなんですか。」

「古くからその存在になかなか気付かれず、ひっそりと暮らしてきていますよ。」
「そうなんだ。」

「しかし、絶滅危惧種として本格的な保護活動が始まってから、四川省のあらゆる場所で、その繁殖の試みが行われるようになりましたよ。」
「はい。」

「現在のパンダ研究拠点となっている成都市の研究基地には、パンダ博物館、観光客サービスセンターなどが設けられていますよ。」
「はい。」

「観光客に、よりジャイアントパンダを知ってもらう為のサービスを展開していますよ。」
「そうなんだ。」

「愛くるしいジャイアントパンダを絶滅の危機から救い、子の代、孫の代まで、その姿を残し続けたいものですね。」
「そうですね。」

「動物園に見に行くだけでなく、本場中国でパンダに囲まれて、その愛らしさに癒されてみてはいかがでしょうか。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~中国南方カルスト~

「中国南方には、カルスト地形が多く見られますね。」
「そうなんですか。」

「「カルスト地形」とは、石灰岩が雨水や地下水の浸食などによって変形した地形のことですよ。」
「はい。」

「そして、中国にあるカルスト地形のうち、雲南省石林、貴州省茘波、重慶市武隆にあるカルスト地形は、2007年に「中国南方カルスト」として、世界遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「雲南省石林と言えば、「石林」は約2億7000万年前の海底が隆起、長い年月の間に浸食、風化されて現在の形になったとされている。総面積約400平方kmとのことだが、大小様々な奇岩が林立しており、その名の通りまさに石の林である。2004年2月13日、パリのユネスコ本部で開かれた「世界地質公園選抜大会」で、石林が最初の世界地質公園の一つに選抜されたそうである。」

「重慶市と言えば、重慶市は、中華人民共和国の直轄市である。国家中心都市の一つに指定されている。重慶市の人口は2884万人(2010年)。市の面積そのものが北海道並みに広く、市内に多くの県や農村部を抱えていることから、人口密度は350人/km2とかなり低い。2011年の都市圏人口は671万人であり、中国第7位、世界では第45位の都市部である。」

「貴州省と言えば、貴州省(きしゅうしょう)は、中華人民共和国南西部の省である。省都は貴陽市。略称の黔(けん)は黒を意味する。中国の西南地区に位置し、北に四川省と重慶市、東に湖南省、南に広西チワン族自治区、西に雲南省と接する。」

「雲南省と言えば、雲南省は、中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は●(さんずい+眞)(てん)。省都は昆明市。省名は雲嶺(四川省との境の山地)の南にあることに由来する。」

「中国南方カルストと言えば、中国南方カルストとは、中国の雲南省石林、貴州省茘波県(れいはけん)、重慶武隆から成るユネスコの世界遺産登録物件である。これら3つの地域は、中国南部に広く見られる多様なカルスト地形の良好な代表例として2007年6月27日に世界遺産に登録された。」

「カルスト地形」とは、中国だけで見られるものではありませんね。」
「はい。」

「中国以外では、アメリカの「イエローストーン公園」やクロアチアの「プリトヴィチェ国立公園」などが有名ですね。」
「そうなんですか。」

「アメリカの「イエローストーン国立公園」と言えば、イエローストーン国立公園はアイダホ州、モンタナ州、及びワイオミング州に位置するアメリカ合衆国の国立公園である。イエローストーンは世界最古の国立公園であり、ワイオミング州北西部を中心として3,470平方マイル(8,980平方km)にわたる。この国立公園は様々な間欠泉や温泉、地熱によるその他の見所で有名であり、グリズリーやオオカミ、及びアメリカバイソン(バッファロー)やワピチ(エルク)の群れが生息している。ここは地上に残された数少ない手付かずの巨大温帯生態系の一つであるイエローストーン圏生態系の中心になっている。」

「クロアチアの「プリトヴィチェ国立公園」と言えば、プリトヴィツェ湖群国立公園はコロアチアの国立公園の一つで、ボスニア・ヘルツェゴビナ国境に近いプリトヴィチェ湖群市に位置する。大小16の湖と92の滝がエメラルドグリーンの幻想的な景観を作り出しており、1979年にユネスコの世界遺産に登録された。プリトヴィッチェ湖群国立公園、プリトヴィチェ湖群国立公園などとも表記される。」

「これらも又、世界遺産に登録されていますよ。」
「そうなんだ。」

「雲南省石林のカルストは、昆明市から南東へ約80kmの、石林イ族自治県にありますよ。」
「はい。」

「昆明市と言えば、昆明市(こんめいし)は、中華人民共和国雲南省の省都であり、雲南省の政治、経済、文化、交通の中心地である。また1400年の歴史を有する国家歴史文化名城でもある。765年に南詔の拓東城として歴史に姿を現し、1276年元朝に征服された後、昆明の名が始まった。14世紀に明に征服され、城壁都市が築かれたのが今日の昆明に続く。」

「ここのカルストは、「大石林景区」、「小石林景区」、「歩哨山景区」、「李子園菁景区」、「万年霊芝景区」の5つの風景名勝区に分かれますよ。」
「はい。」

「万年霊芝景区と言えば、雲南省石林のカルストは、昆明市から南東へ約80kmの、石林イ族自治県にあります。ここのカルストは、「大石林景区」「小石林景区」「歩哨山景区」「李子園菁景区」「万年霊芝景区」の5つの風景名勝区に分かれます。」

「李子園菁景区と言えば、雲南省石林のカルストは、昆明市から南東へ約80kmの、石林イ族自治県にあります。ここのカルストは、「大石林景区」「小石林景区」「歩哨山景区」「李子園菁景区」「万年霊芝景区」の5つの風景名勝区に分かれます。」

「歩哨山景区と言えば、雲南省石林のカルストは、昆明市から南東へ約80kmの、石林イ族自治県にあります。ここのカルストは、「大石林景区」「小石林景区」「歩哨山景区」「李子園菁景区」「万年霊芝景区」の5つの風景名勝区に分かれます。

「小石林景区と言えば、雲南省石林のカルストは、昆明市から南東へ約80kmの、石林イ族自治県にあります。ここのカルストは、「大石林景区」「小石林景区」「歩哨山景区」「李子園菁景区」「万年霊芝景区」の5つの風景名勝区に分かれます。」

「大石林景区と言えば、雲南省石林のカルストは、昆明市から南東へ約80kmの、石林イ族自治県にあります。ここのカルストは、「大石林景区」「小石林景区」「歩哨山景区」「李子園菁景区」「万年霊芝景区」の5つの風景名勝区に分かれます。その中でも、「望峰亭」から眺める石林の景色は、圧巻です。どの岩石も天に向かって鋭く伸びていて、その先端が、槍や剣のように見えます。これらの岩石が林を作るほど集まっているのですから、ある意味異様な光景です。人はこの景色を「天下第一の奇観」といいます。石林風景名勝区は”中国南方カルスト郡”として、2007年に世界遺産登録。地殻変動で海が隆起し、石灰岩が地表に露出。風雨による侵食を受け、現在の石柱の景観が出来上がった。」

「風景名勝区と言えば、中華人民共和国国家級風景名勝区は、中華人民共和国国務院が「風景名勝区条例」で制定している国家レベルの風景名勝区である。美観と文化または科学的価値があり、自然及び文化的景観がすぐれ、観光、科学文化活動などに貢献する区域である。」

「その中でも、「望峰亭」から眺める石林の景色は、圧巻ですよ。」
「そうなんですか。」

「望峰亭と言えば、「望峰亭」から眺める石林の景色は、圧巻です。どの岩石も天に向かって鋭く伸びていて、その先端が、槍や剣のように見えます。これらの岩石が林を作るほど集まっているのですから、ある意味異様な光景です。人はこの景色を「天下第一の奇観」といいます。望峰亭は大石林で 最も高いところにあり、360度見渡すかぎり広がる「林海」の全景を望むことができます。」

「どの岩石も天に向かって鋭く伸びていて、その先端が、槍や剣のように見えますよ。」
「はい。」

「これらの岩石が林を作るほど集まっているのですから、ある意味異様な光景ですよ。」
「そうなんだ。」

「人は、この景色を「天下第一の奇観」と言いますよ。」
「そうなんですか。」

「貴州省茘波は、少数民族が非常に多い地域で、独特の文化形成をしていますよ。」
「はい。」

「その中にあるカルストは、「石林カルスト」とは全く違う、緑豊かなカルストを形成していますよ。」
「はい。」

「茘波のカルストで最も観光客を惹きつけるのは、エメラルドグリーンに輝く水ですよ。」
「そうなんだ。」

「その水からできた池は1箇所に留まらず、茘波カルスト地域の各所で見られますよ。」
「そうなんですか。」

「その神秘的な水の輝きと民族衣装を着る現地の人々が、茘波の個性的美しさを演出していますよ。」
「はい。」

「重慶市武隆で世界遺産に登録されているのは、鍾乳洞の「芙蓉洞」、渓谷の「地縫」、そして天然岩でできた「天生三橋」ですよ。」
「はい。」

「天然岩でできた「天生三橋」と言えば、重慶市武隆で世界遺産に登録されているのは、鍾乳洞の「芙蓉洞」、渓谷の「地縫」、そして天然岩でできた「天生三橋」です。天生三橋とは、”天然に出来た三つの橋”という意味で、山が風化して大きな洞窟となり、さらに風化が進んで山の向こうまで大きな穴が開いて通路ができた状態になり、山の頂部分が橋のように残ったものを意味します。」

「渓谷の「地縫」と言えば、重慶市武隆で世界遺産に登録されているのは、鍾乳洞の「芙蓉洞」、渓谷の「地縫」、そして天然岩でできた「天生三橋」です。狭い渓谷を森林浴しながら散策する地縫です。」

「鍾乳洞の「芙蓉洞」と言えば、重慶市武隆で世界遺産に登録されているのは、鍾乳洞の「芙蓉洞」、渓谷の「地縫」、そして天然岩でできた「天生三橋」です。芙蓉洞は、全長が2,800mもあり、洞内には鋭い氷柱のような岩石が、無数に天井から地に伸びています。その部分を通過するのは恐ろしいことのように思えますが、更に道を辿っていくと、ここにもまたエメラルドグリーンの水たまりがあり、ホっとさせられます。このように、その天井から伸びた鋭い岩石、心癒される美しい水が、芙蓉洞にしかない独特の神秘を醸しだしています。自然の姿を残す洞窟 芙蓉洞です。」

「芙蓉洞は、全長が2,800mもあり、洞内には鋭い氷柱のような岩石が、無数に天井から地に伸びていますよ。」
「そうなんだ。」

「その部分を通過するのは、恐ろしいことのように思えますよ。」
「はい。」

「更に道を辿っていくと、ここにも又エメラルドグリーンの水たまりがあり、ホっとさせられますね。」
「はい。」

「このように、その天井から伸びた鋭い岩石、心癒される美しい水が、芙蓉洞にしかない独特の神秘を醸しだしていますよ。」
「そうなんだ。」

「中国全体で、カルスト地形の面積は、合計約1460km2にもなりますよ。」
「広いですね。」

「このうち、55%が世界遺産に認定されている地域に入りますよ。」
「はい。」

「これらのカルスト地形は、今から約3億年~50万年前に形成されたと言われていますよ。」
「はい。」

「それだけ長い時を経て、今尚その原型を留めているという事実は、世界遺産登録審査で非常に重視されたことでしょう。」
「そうですね。」

「そのような歴史的重みがあるだけでなく、多くの希少動植物が現存していることも大きく注目されましたよ。」
「はい。」

「このようなことから、「中国南方カルスト」は、地質学的にも動物生態学的にも、非常に歴史的価値がある、という評価を受け、世界遺産に登録されましたよ。」
「わかりました。」





中国の世界遺産と自然~峨眉山と楽山大仏~

「峨眉山と、凌雲山にある楽山大仏は、共に中国四川省にありますよ。」
「はい。」

「凌雲山にある楽山大仏と言えば、楽山大仏は、唐代の713~803年にかけて、がけをくりぬいて建立された弥勒仏の座像である。1996年、4大仏教名山の一つの峨眉山とともにユネスコの世界遺産に登録された。もともとは大仏を保護するための楼閣があったが、明代末に破壊された。」

「凌雲山と言えば、凌雲山は、文字通り、雲海を突き抜ける、柱のような山である。雲海の上からは山頂は雲海に浮かぶ小島のように見える。五山の山頂、及び王宮と州城は凌雲山にある。それ以外の凌雲山は諸侯の居宮や陵墓や離宮などといった王の所有物である。王宮がある凌雲山の名前は首都の名前と同じである。首都の凌雲山は門が5つあり、国府がある都合上、最初の門の皋門から二つ目の門の雉門(中門)までは市民が自由に出入りできる。山頂へ至る道は階段状の隧道を通っており、見た目より歩いた感じが短く感じる呪が掛けられている。 」

「峨眉山と言えば、峨眉山(がびさん)は中国・四川省にある山である。道教や中国の仏教で言うところの聖地で、中国三大霊山(五台山、天台山、峨眉山)や中国四大仏教名山(五台山、九華山、普陀山、峨眉山)の一つである。26の寺院を有し、普賢菩薩の霊場とされる。」

「四川省と言えば、四川省(しせんしょう)は中華人民共和国西南部に位置する省である。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。」

「この峨眉山と楽山大仏は、一物件として、1996年に世界複合遺産に登録されましたよ。」
「そうなんだ。」

「世界遺産の中でも、「複合遺産」に該当するものは非常に少ないですね。」
「そうですね。」

「文化遺産的側面、自然遺産的側面の両方から評価された物件のみが選出されますよ。」
「はい。」

「「峨眉山と楽山大仏」では、峨眉山に残る数多くの仏教寺院を始めとする古建築や、813年に完成した楽山大仏が「歴史的価値のあるもの」として評価されましたよ。」
「はい。」

「峨眉山には絶滅の危機に瀕する多種の動物を含む、合計2,000種類以上の動物、3,000種以上の植物が生息していることから、自然遺産としても高く評価されましたよ。」
「そうなんですか。」

「このような経緯があり、「世界複合遺産」として登録されましたよ。」
「はい。」

「峨眉山は、中国三大霊山の一つで、また中国四大仏教名山の一つとしても挙げられる、仏教ゆかりの名山ですね。」
「そうなんだ。」

「中国四大仏教名山と言えば、中国四大仏教名山(ちゅうごく しだい ぶっきょう めいざん)は、中国で用いられる、四ヶ所の著名な仏教名山・霊山・聖山に対する呼び名である。山西省五台県の五台山(世界遺産)は、文殊菩薩の霊場。四川省峨眉山市の峨眉山(世界遺産)は、普賢菩薩の霊場。安徽省青陽県の九華山は、地蔵菩薩の霊場。浙江省舟山市の普陀山は、観音菩薩の霊場。」

「中国三大霊山と言えば、中国三大霊山とは、五台山、峨嵋山、天台山を言う。五台山は、観音菩薩の霊場である普陀山と、普賢菩薩の霊場である峨眉山、地蔵菩薩の霊場である九華山と並んで、中国仏教の聖地とされる(中国三大霊山、中国四大仏教名山)。」

「峨眉山は、成都市から約160mの所にありますよ。」
「はい。」

「成都(四川省の省都・成都市)と言えば、成都市は、中華人民共和国四川省の省都であり、副省級市である。豊かな成都平原の中にあって古くから「天府の国」と呼ばれてきた。唐の時代から蜀錦を産出するため錦城の別称を持ち、また芙蓉の花を市花とするところから蓉城の別称ももつ。」

「ここは、72もの峰からなる山で、最高峰は「万仏頂」の3,099m、その次が「金頂」の3,077mですね。」
「はい。」

「「金頂」と言えば、峨眉山の主峰は、海抜3099メートルの万仏頂であるが、もっとも有名なのは俗に金頂と称される海抜3077メートルの千仏頂である。」

「「万仏頂」と言えば、峨眉山の主峰は、海抜3099メートルの万仏頂である。」

「峨眉山が開拓されたのは、後漢時代(25~220年)のことですよ。」
「そうなんだ。」

「後漢時代と言えば、後漢(ごかん、25年 - 220年)は中国の王朝である。漢王朝の皇族劉秀(光武帝)が、王莽(おうもう)に滅ぼされた漢を再興して立てた。都は洛陽(後漢最末期には長安・許昌(きょしょう)へと遷都)。五代の後漢(こうかん)と紛らわしいので、中国では東漢と言う(この場合、長安に都とした前漢を西漢という)。」

「この時代に、インドから仏教が伝来し、峨眉山では寺院の建立が始まりましたよ。」
「はい。」

「その後、寺院の数は着実に増えていき、寺院建築の最盛期・南宋の時代(1127~1279年)には、寺院の数が151にもなりましたよ。」
「多いですね。」

「南宋と言えば、南宋(なんそう、1127年 - 1279年)は、中国の王朝の一つである。趙匡胤(ちょう きょういん)が建国した北宋が、女真族の金に華北を奪われた後、南遷して淮河(わいが)以南の地に再興した政権である。首都は臨安(現杭州)であった。北宋と南宋とでは華北の失陥という大きな違いがあるが、それでも社会・経済・文化は継続性が強く、その間に明確な区分を設けることは難しい。」

「その中で現存するものは、26箇所ですよ。」
「はい。」

「現存する峨眉山の寺院の中で、最も有名なのは、「報国寺」ですね。」
「はい。」

「峨眉山の寺院の中で最も有名な「報国寺」と言えば、現存する峨眉山の寺院の中で、最も有名なのは、「報国寺」です。「報国寺」は、1573年に創建され、1703年に現在の場所に移されたお寺で、峨眉山の麓にあり、交通が便利な事もあるので仏教信者の姿がよく見られる場所で、中には仏教の普賢菩薩、儒教の楚狂接與、道教の広成子が祭られています。」

「この寺は非常に珍しく、中国三大宗教である、仏教・儒教・道教が同時に祀られていますよ。」
「そうなんですか。」

「道教と言えば、道教は、中国三大宗教(三教と言い、儒教・仏教・道教を指す)の一つである。中国の歴史記述において、他にも「道家」「道家の教」「道門」「道宗」「老氏」「老氏の教」「老氏の学」「老教」「玄門」などとも呼称され、それぞれ若干ニュアンスの違いがある。」

「報国寺は、峨眉山のふもとにありますよ。」
「はい。」

「すぐそばには、バスセンターがありますよ。」
「はい。」

「ここに観光客が降り立つので、報国寺は峨眉山観光のスタート地点にある、と言うことになりますね。」
「そうですね。」

「報国寺から峨眉山を登ると、寺院が一箇所にまとまらず、あちこちに点在しているのがわかりますよ。」
「はい。」

「もし運がよければ、峨眉山ならではの自然現象である「仏光」(雲海に映る人の影の周りに光の輪ができる現象のこと)に出会えるかも知れませんよ。」
「はい。」

「楽山大仏は、世界一大きな大仏ですよ。」
「そうなんですか。」

「その大仏は、唐第6代皇帝時代の僧侶、海通によって、713年に造られ始めましたよ。」
「はい。」

「唐第6代皇帝時代の僧侶、海通と言えば、楽山大仏は、世界一大きな大仏です。その大仏は、唐第6代皇帝時代の僧侶、海通によって、713年に造られ始めました。734年に海通は死去しますが、建築の意志を藩鎮の節度使・韋皋(いこう)が引き継ぎ、813年に完成させました。」

「734年に海通は死去しますが、建築の意志を藩鎮の節度使・韋皋(いこう)が引き継ぎ、813年に完成させましたよ。」
「はい。」

「藩鎮の節度使・韋皋(いこう)と言えば、楽山大仏は、世界一大きな大仏です。その大仏は、唐第6代皇帝時代の僧侶、海通によって、713年に造られ始めました。734年に海通は死去しますが、建築の意志を藩鎮の節度使・韋皋(いこう)が引き継ぎ、813年に完成させました。」

「唐第6代皇帝時代の僧侶、海通と言えば、楽山大仏は、世界一大きな大仏です。その大仏は、唐第6代皇帝時代の僧侶、海通によって、713年に造られ始めました。734年に海通は死去しますが、建築の意志を藩鎮の節度使・韋皋(いこう)が引き継ぎ、813年に完成させました。」

「実に90年もの長きに亘る作業ですよ。」
「長期間かかったのですね。」

「その大仏の全高は71m、像高は60mにもなりますよ。」
「めっちゃ巨大ですね。」

「日本の代表的大仏、奈良の大仏の像高が約15mですよ。」
「はい。」

「楽山大仏は、その4倍にもなりますよ。」
「そうですね。」

「楽山大仏は、仏像右壁側にある9折の階段を降りながら見学することができますよ。」
「はい。」

「「峨眉山」と「楽山大仏」は、一つの物件として世界遺産に登録されていますよ。」
「はい。」

「互いに距離も近く、一度に観光が楽しめる所ですよ。」
「それはいいですね。」

「但し、峨眉山の寺院群はどれも一見の価値があり、また楽山大仏は、その全体像を丁寧に見るには長時間が必要ですよ。」
「そうなんだ。」

「まとまった休暇が取れた時に四川省に行き、この地域のみにスポットを当ててじっくり散策するのが最適だと思いますよ。」
「わかりました。」

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